目次
中小M&Aの業務プロセスのうち受託以降クロージングまでを対象とし、今回は最終契約、クロージングの各プロセスにおける、中小M&Aガイドラインの対応ポイントを紹介します。
<M&Aの業務プロセス>
• 広告・営業(対象外)
• 受託(対象外)
• バリュエーション
• マッチング
• 基本合意
• DD
• 最終契約
• クロージング
業務別プロセス図
▶「中小M&Aガイドラン(第3版)遵守の宣言について」はこちら
ガイドライン対応していない場合はどうなる?
■ガイドライン自体は法令ではないため、法的拘束力はない
■中小企業庁へのM&A支援機関登録している仲介会社等はガイドラインの遵守が登録要件となっている
■ガイドライン対応していない場合、支援機関登録が認められない可能性がある
■支援機関登録している支援機関を使う場合のみ利用者は補助金制度を利用できる
出所:中小企業庁「M&A支援機関に係る登録制度の概要」
最終契約において仲介者等が求められること
• 最終契約の締結までの期間において、譲り渡し側・譲受側の双方が可能な限り納得し、かつM&A成立後に当事者間でトラブルが発生するリスクを低減した形で(低減の上でなおリスクが残る場合は、少なくともそのリスクを当事者が理解した形で)、最終契約が締結するように支援する必要があります。
• 最終契約後・クロージング後に当事者間での争いに発展する可能性のあるリスクについて、最終契約の締結までの調整の実施や依頼者(注)への説明という対応が求められています。
(注)譲り渡し側(売り手)、譲受側(買い手)
• また、仲介者等は、リスクの高いスキームは安易に提案すべきではなく、仮に提案するとしても組織的な判断を経て十分なリスク説明が必要です。
係争になる可能性が高いリスク例
• 経営者保証の扱い(主に売り手)
• DDの非実施
• 表明保証の内容(主に売り手)
• クロージング後の支払・手続
• 譲渡対価のクロージング後分割払い/役員退職慰労金のクロージング後払い/株式のクロージング後段階的取得
• 最終契約後の支払いの調整・修正
• アーンアウト条項/株価調整条項/支払金の返還に関する条項
• 譲り渡し側の資産・貸付金の最終契約後整理
• 最終契約からクロージングまでの期間
債務保証が外れなかったトラブル事例
買い手:Lホールディングス株式会社
買収対象:2年間で37社
「M&A」名目で中小企業に入り込みカネを巻き上げ…悪質投資会社の手口とは 全国で相次ぐ被害(2024年5月:T新聞)
主な買収案件:「M設計株式会社」電気設計、「Pカンパニー」結婚式場 Kガーデンヴィラ「奇妙なM&A」の顛末、「K食品株式会社」納豆製造 など
報道された内容(A新聞等)
債務保証を外さないまま資金を吸い上げ、譲渡対価の未払い、 11社営業停止、5社倒産、給与未払い、従業員立替金踏み倒し
十分なDDを実施しなかったトラブル事例
• 買収後の税務調査で、多額の脱税が発覚(税務)
• 買収後に、従業員から未払残業代の請求(労務)
• 買収後に、経営審査対策の粉飾をやっていたことが発覚(財務)
• 買収後に、談合をやっていたことが発覚(コンプライアンス)
• 買収後に、譲渡予定の不動産にアスベスト利用や地下埋蔵物の問題が発覚(コンプライアンス)
DD省略トラブルと当事者のリスク
買い手のリスク
• 表明保証条項で買収後に発覚した瑕疵に関して売主に損害賠償請求できる契約内容であっても、実際に請求するまでの労力がDD以上にかかる。
• DDの非実施自体が買い手の責任とされることもある。
• 損害賠償請求しても、損害賠償限度額を超えたり、売主に損賠賠償に対応できる資力が不足し、損害を回復できない場合が多い。
• 金銭的には解決できない問題もある。
• 実態を知らずに買収するのでPMIに時間を要する。
売り手のリスク
• 表明保証との関係から譲渡後も爆弾を抱えた状態であり、安心して引退できない。
限度のない表明保証のトラブル事例
• あと数カ月で資金ショートとなる恐れのある案件で、スピード勝負となり、DDを省略する代わりに売り手が全面的に表明保証を行い、期限も上限もつけない契約でクロージングした。
• 売り手の譲渡対価は、備忘価格のみであるが金融機関借入3億円の個人保証が解除された。
• その後、対象会社が保有する在庫や売掛金等に2億円の不良資産があることが判明し、買い手から表明保証に基づく賠償を求められた。
クロージング後対価分割払いのリスク事例
・Y社長は、Y商事の株式100%をS物産に譲渡した。S物産は資金力が乏しく、対価の分割払いを提案した。
• Y社長は、S物産のS社長を若いのにやり手で元気があると個人的にとても気に入り、応援の意味も込めて、株の代金は譲渡時に半分だけでよく、残りは出世払いでよいとした。
• その後、S物産は積極的な多角化戦略が裏目に出てしまい資金繰りが悪化し経営破綻、Y商事の株式譲渡代金の半分は支払われなかった。
退職金後払いによるトラブル事例
• A社のオーナー社長のX氏は、自社を大手傘下に入れることを決意し、B社に株式譲渡を行った。
• 株式譲渡後もX氏は雇われ社長として残る前提で契約し、株式評価は10億円であるが、譲渡時の株価は7億円、3億円は役員退職引当金として自身の退任時に受け取ることとした。
• その後、X氏とB社との経営方針の違い等により、両社間の関係およびA社の業績は悪化した。X氏はA社社長を退任することにして役員退職金の支払いを求めたが、B社はA社業績悪化はX氏の責任であるとして支払いを拒否した。
株式の段階的取得によるトラブル事例
• Y氏は、P社をQ社に譲渡することとしたが、Q社はリスクヘッジの観点から一度に100%子会社にするのではなくP社株式の80%取得し、残り20%はY氏の手元に残し、Y氏による引継ぎが完了した時点でQ社が追加取得するものとした。
• Y氏は譲渡後も半年ほどP社に残り引継ぎを行った。Y氏は健康に不安があるため引退したいので、残り20%を買い取って欲しいと申し出た。しかし、Q社は引継ぎがまだ完了していないことを理由として買取を拒否した。
アーンアウト条項によるトラブル事例
アーンアウト条項
買収後の対象会社が目標とした財務目標や、売上個数などの非財務目標に達成した場合追加で対価を支払う条項
(トラブル事例)
• 甲氏は、α社株式をβ社に100%株式譲渡したが、譲渡後α社の業績に応じ追加で対価を払うというアーンアウト条項を設定した。
• 具体的には、1年後のα社の営業利益が、目標値と同額ならば追加で 1億円を、目標値より10%増であれば、1億円+10%(1000万円)、15%減で1億円−15%(1500万円)のように比率で増減させて、赤字の場合は追加対価はゼロとする内容であった。
• 買収後、β社は経営指導として多くの管理人員を送り込み、取引の一部をβ社を通じて行うことに変更したためα社の粗利率が悪化し、送り込まれた管理人員の人件費負担も相まって営業赤字となり、追加対価の支払いはゼロとなった。
• 甲氏は、営業赤字となったのはβ社のせいであるとして係争となった。
支払金の返還に関するトラブル事例
支払金の返還に関する条項
過去の投資に基づく損失や過年度決算の修正が発生した場合等に、既に支払った対価の一部を返還するように定める条項
(トラブル事例)
• 対象会社は、X国に多額の投資を行い海外生産拠点を立ち上げていたが、契約時にX国は政情不安な状況にあり、投資回収ができるか極めて不透明な状況であった。
• そのため、買い手はX国への投資が失敗した場合に、同国への投資額分を株価から返還する旨の条項を契約の条件とした。
• 買収後、X国でクーデターが発生し、買い手は契約条項に基づく対価返還を売り手に求めたが、売り手はクーデターは発生したが工場は稼働しており、親会社から支援を続ければ投資回収は可能と主張し、同国からの撤退を求める買い手と係争となった。
譲り渡し側経営者に関連する資産・負債等の最終契約後整理のトラブル事例
経営者に関連する資産・負債等とは?
オーナー個人が対象会社に貸している土地や会社所有になっているオーナー個人利用の車株式譲渡後は、旧オーナーから買い取る/買い戻す等の整理を行います。
(トラブル事例)
• 対象会社は、オーナーが所有する土地の上に工場を建て事業を行っていた。土地の賃料は会社から受け取っていない。M&A時に、オーナーは対象会社株式と一緒に当該土地を譲渡することを希望した。
• 仲介会社が買い手を見つけ、株価は合意したものの土地の譲渡価格に関しては同意が得られなかったが、仲介会社は不動産の売買は業務範囲外であるため譲渡後に当事者で決めてくださいとしてクロージングした。
• クロージング後、不動産の譲渡価格に関して売り手・買い手間の交渉が⻑引き、それまで無料で貸していた土地に関する賃料についても売却まで支払うように売り手が要求し、係争となった。
最終契約からクロージングまでの期間が⻑くなることによるトラブル事例
最終契約日とクロージング日
中小企業M&Aにおいては最終契約と同時にクロージングするのが 基本ではある。ただし、クロージング条件等との関係で一定の期間を設ける場合がある。
クロージングまでの期間が長期(ガイドラインでは2ヵ月以上)になると、時間の経過に伴うトラブルが発生するリスクが増える。
(トラブル事例)
ケース1:契約後、クロージングまでの間に、大震災が発生した。
ケース2:契約後、クロージングまでの間に、買い手の社長が解任されて新しい社長がM&Aを取り消すと言い出した。
ケース3:契約後、クロージングまでに時間がかかりすぎたため、再度DDが必要になった。
M&Aの仲介契約とは?
M&Aの仲介契約は、準委任契約です。
準委任契約(注)では、受任者(M&Aの場合、仲介者)は、法律上、善管注意義務を負うことになります。善管注意義務とは、当該職業又は地位にある人として通常要求される注意義務を意味します。中小M&Aガイドラインは、その内容を明らかにしたものです。
(注)業務委託契約の一種であり、特定の業務を行うことを定めた契約。 業務を発注する側を委任者、業務を受ける側を受任者と言います。 受任者は業務遂行が目的となり、結果や成果物ついては責任を求められません。
中小M&Aガイドラインに対応しなかったことを起因して、仲介者が顧客に損害を与えれば、善管注意義務違反として損害賠償責任を負う可能性が大きいです。
株式会社経営承継支援は、一社でも多くの企業を廃業危機から救うため、全ての企業様のご相談をお受け致しております。
M&A(株式譲渡、事業譲渡等)に関して着手金無料でご相談可能ですので、お気軽にお問合せくださいませ。