「先生」の引退 職員と顧問先の安心をつなぐM&A

譲渡企業 | |
事務所名 | 木村雄二税理士事務所(個人) |
地 域 | 神奈川県 横浜市 |
従業員数 | 6名 |
譲渡理由 | 後継者不在 |
代表の年齢 | 60代 |
M&Aで 実現できたこと |
・顧問先の継続 ・職員の雇用と働く場所の継続 ・若手税理士人材の協力 |
買手企業 | |
事務所名 | 税理士法人 誠和コンサルティング |
地 域 | 神奈川県 川崎市 |
従業員数 | 約50名 |
創 業 | 1968年 |
M&Aの目的 | ・事業の拡大 |
2024年8月M&A成約
地域の企業を長年支えてきた木村先生。最初は、ご自身で承継してくれる若手の税理士や他の会計事務所を探されたそうですが、なかなかうまくいかずM&A(事業譲渡)を選択されました。どのような経緯があったのか、会計事務所の承継についてお話しを伺いました。
若手の税理士が採用できない!
うちの事務所で税理士資格を持っているのは私のみで、職員6名(平均年齢50代)の町の小さな税理士事務所です。リタイア後の生活や家族との時間を見据えて、65歳までに承継の道筋をつけようと60歳過ぎから後継者の探索を始めました。とは言っても、最初から M & A を考えていたのではなく、若手の税理士を採用して後継者になってもらおうと思い、人材紹介会社に依頼しました。
しかし、なかなかいい人が見つかりません。小規模の事務所に転職したいというニーズは少ないらしく人材会社から「ちょっと難しいかもしれません…」と言われました。
「目指す税理士像」が変化している
私が会計業界に入った30年前は、ある程度経験を積んだ後に独立を目指す人が多かったです。これは他の業界の同世代のオーナー経営者様も同じではないでしょうか。一方、今の若手税理士の方々は、一国一城の事務所を持って独立を目指すよりも、専門性を磨き、得意分野で活躍することを目指す方が多いようです。
実際に、私の親族にも若い税理士がいますが、M & A 分野で会計の仕事をしており、うちの事務所の承継には消極的でした。
M&A初心者同士では話がまとまらない
後継者人材が見つからないならば、他の事務所に引き継いでもらおうと考え、税理士会でお相手を紹介してくれるサービスを利用しました。探してもらった結果、2社ご紹介いただきましたがどちらも最後まで話が進みませんでした。
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<1社目>
お互いの事業内容を紹介し合う段階で、先方としてはこちらの顧問先の業種にはあまり関心がないということで早々に交渉終了。
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<2社目>
良い感じで話は進みましたが、先方とうちの給与水準に違いがありM&Aをすると当社の職員の給与が下がってしまうことが分かりました。私の都合で事業承継するので、職員の生活に直結する給与は維持したかったです。
この「交渉」については、やってみて分かった大変なことの一つでした。
- まず、通常業務に加えて、M&Aに時間を割く余裕がありません。
当時はかなり忙しく休日出勤するぐらいの状況でした。 - M&Aをやったことがない人間同士では何をどこまで決めたら良いか分からないので、余計に時間がかかります。
やはり相手探しも含めて専門家のサポートは必要だと思い、仲介会社に依頼することにしました。
M&Aの条件は 職員の働きやすさを重視
経営承継支援の植田さんに、相手に対する要望として2点お伝えしました。
- ① 職員の雇用、給与水準を当面維持してくれる
- ② 今の事務所を継続使用してほしい(職員の通勤負担を増やさない)
その後、お相手候補として紹介いただいたのが近隣で50人規模の誠和コンサルティングさんでした。代表の尼野先生の誠意のこもったお話しをお聞きし、うちの事務所と職員を大事にしてくれそうだなと感じました。
私からの要望も快く応諾いただきました。
求めていた人材がいた!
もう一つ決め手になったのは、誠和さんの事務所に若い職員さんが多かったことです。平均年齢はうちの事務所よりも10歳ぐらい若いんじゃないでしょうか。これなら今後長くうちの事務所を引き継いでくれると感じました。
M&A後、誠和さんから2人来ているのですが、どちらも30歳前後でまさに当初探していた人材でした。
交渉で決めることやスケジューリングは、植田さんの方でしっかりとリードしていただき、お互いの繁忙期を縫いながら最終合意に至ることができました。
譲渡から1年経った現状は
よい変化が多いと感じています。主だったものを挙げると、
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① 自身の業務引き継ぎ
譲渡して1年、8割は引き継ぎが済んでいます。たまに顧問先から私に直接電話してくる方もいますが、極力引き継いだ担当者に依頼してもらうようにしています。
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② 事務所内の雰囲気
M&A前は、私も含めて平均年齢50歳以上(男性:2、女性:5)で淡々と仕事している感じでしたが、
若手の2人が来てから事務所内は明るくなりコミュニケーションも増えました。 -
③ 職員の雇用・給与水準は維持
事務所は移転することなく、M&Aで職員が不利益になっていることはありません。
本社の研修に行く際は、朝みんなで1台の車に乗って行き、夕方には帰ってこれます。
子育てしながら働いている職員もいるので、遠出しなくて済むのは助かります。 -
④ 事務所の名前は変更
私が引退するので「木村雄二税理士事務所」であり続ける必要はありません。
譲渡後は、「誠和コンサルティング 鶴見事務所」となりましたが、仕事のやり方は今までどおりです。
「先生」ではなくなることについて
みなさんそれぞれの考え方があると思いますが、私は税理士業を辞めることについて前向きに捉えています。人生100年時代と言われる中で、今までと違うことにチャレンジしたり、家族や愛犬・愛猫とゆったり過ごす時間があっても良いと思いませんか?
聞くところによれば、経営者がM&A譲渡を避ける要因として「社長」でなくなることが心理的に結構あるそうです。「社会とのつながりが減ってしまうのでは…」と心配する気持ちもよくわかりますが、永遠に社長や代表者を続けることはできませんし、能力的には70歳ぐらいが引き際な気がします。M&Aでなく親族や従業員への承継でも構いませんが、守りたいものを守り、会社に新たな風やエネルギーを取り入れることの方が経営者としてやるべきことではないでしょうか。
もしあの時、若手人材を採用できたとしても
事後の比較になりますが、今振り返ってもM&A譲渡した方がプラスになることが多いです。仮に当時、人材会社を通して良い人材が見つかったとします。そうなると人材会社に結構な額の紹介料を支払う必要がありますし、その人が本当に後継者になってくれるか確約はありません。本人に強い意志があったとしても、事務所の経営や職員の雇用を維持するには大変な努力が必要です。
一方、M&A譲渡によりいくばくかの対価をいただけましたし、大きな事務所の後ろ盾ができたことで経営リスクはだいぶ減ったと感じます。それは、雇用・給与の安定につながりますし、顧問先にとっても安心していただけるはずです。
M&Aなんて、別の世界のものだと思ってた
私と同じように、独立して20~30年経ち、承継の時期を迎えている税理士は多くいらっしゃると思います。当初、うちのような個人事務所がM&Aの対象になるとは思っていませんでした。必ずしもM&Aがベストとは言いませんが、事業承継を支援する立場の我々がM&Aを頭ごなしに敬遠せず、正しい知識を取り入れて選択肢の一つとして他の方法と比較検討すれば、新たな可能性も出てくるのではないでしょうか。

経営承継支援 マネージャー 植田 駿一郎
担当者から一言

マネージャー 植田 駿一郎 (コンサルタント紹介ページ)
木村先生とは“ご近所どうし“という出会いからご縁をいただきました。
とても印象に残っているのは、木村先生がご自身の処遇よりも、職員さんの雇用維持と顧問先に安心してもらえることを最優先されていたことでした。
全国で会計事務所の再編が進む中、譲受企業様を見つける自信はあったものの、木村先生の温かいお人柄と強い想いを引き継いでいただける最良の事務所を見つけられるか、という不安が正直ありましたが、最終的に「この先生なら間違いない」と思える誠和コンサルティングの尼野先生と出会ってからは安心してプロセスを進めることができました。最終契約時には木村先生と尼野先生の双方の笑顔を見ることができ、大変嬉しく思いました。
中小企業のM&Aは、経済合理性だけではなく、お互いの想いを次世代に繋ぐ
「想いの承継」だと改めて実感し、このプロセスに担当者として携われたことに大変感謝しています。