一番考えたのは、事業を継続させること

譲渡企業 | 買手企業 | |
業種 | 靴、バッグ販売 | 靴卸売業 |
地域 | 大阪府(3店舗)・EC販売 | (本社) 兵庫県、(販売) 全国 |
2023年9月M&A成約
税理士事務所と靴販売業の2つを承継し、20年以上経営してきた前川様。M&A譲渡には不安いっぱいだったそうですが、M&Aにどんな想いを託したのか伺いました。
兄は先生に、父から2つの事業を継ぐ
父が商店街のビルの「1階で靴の販売店」「2階で税理士事務所」をやっていました。事業承継は、兄が学校の先生になったこともあり私が両方とも承継しようと思い、まずは税理士の勉強して税理士事務所に入り、次に靴の販売店を引き継ぎました。
靴の販売は私の他に共同経営者(代表取締役社長)が入ってくれて、その社長が主体となって事業運営をしてくれています。また、当社の強みの一つが「通信販売」です。インターネット黎明期から自社ノウハウでやっており、昔は代金を現金書留で送ってもらうなんていうこともありました。譲渡する時点では、店舗と通販の売上が50:50の比率になるほど成長しました。
事業環境の変化とコロナショック

うちの特徴としてリピーター顧客が多いことです。丁寧な接客と、他店では買えない人気のシューズを扱っていることもあり、長年通ってくれるお客様が多いです。
しかし、コロナ禍で「外出制限」が始まると客足は消え、会社としては店舗賃料と給与の負担で赤字が続きました。「せめて全員の退職金を出せるうちに、一旦解散してはどうか…」と社長に相談すると「いや、なんとか事業を続けていきたいです」という返事でした。おそらく、他の従業員も同じ気持ちだったと思いますし、私自身も継続したいという想いはありました。
じゃあどうする?
「コロナ禍を耐えきったとしても、その先どうやって売上を伸ばすか?」
>新店舗を出すには、銀行から借り入れをしなければならない。
>通販を拡大するにもシステム投資をしなければならない。
>そもそも大手店舗との競争や、値引き販売する通販事業者に対抗していけるのか?
正直なところ突破口となるようなアイディアは出てきませんでした。
そんな中、付き合いがある三井住友信託銀行の支店長から「会社を譲渡して、経営資本がしっかりした会社と組んで事業を続けていくのはどうでしょう?」という提案をいただきました。とはいえ、M&Aと聞いて不安に思うことがたくさんありました。
- <M&Aに対する不安>
- 事業を今までどおりしっかり引き継いでくれる相手はいるのか?
- コロナ禍の中で、当社の価値を認めてもらえるのか?
妻に相談したら「せっかくお父さんから引き継いだ会社を売っていいの?」と消極的な返事でした。
父ならどう考えるだろうか…
いつも言っていたのは「うちを靴屋だと思うな、靴屋だと思うと靴を仕入れて売ることしかできなくなるから、商売をしていると思え」でした。だから私もバッグやアパレルを始めたのですが、その考えに基づけば一番大切なことは商売を続けることで私がオーナーであるかどうかは次の選択だなと思いました。それならば、身近で最も意欲がある社長に株式を譲ることも検討しましたが、とても個人で用意できる金額ではなく、銀行に相談しても融資は難しいという回答でした。
経営承継支援の植田さんに『この事業おもしろい!やってみたい!』と事業意欲を持ってもらえる経営者がいるなら、その方に引き継いでもらいたいと伝え、M&Aの相手探しが始まりました。
候補が出てこない中での不安
靴販売業に対する将来性、コロナで赤字が続いていたことも影響して、なかなか具体的な相手が出てきませんでした。私の希望とはちょっと違う相手を紹介されて「植田さんはちゃんとうちの魅力を理解して伝えているのかなぁ?」と思うことや、もう『譲渡する』という気持ちになっていたので、もし相手がいなければ「なんとか打開策を見つけて自分でやらねば」と自身を奮い立たせるタイミングが何度かありました。
経営承継支援さんとの契約期限(1年間)が近づき「やっぱり売れないのかなぁ」と諦めはじめていた時に、植田さんから「最後にもう1社だけ会ってもらえませんか?」と依頼され、正直あまり期待せずに会うことにしました。
伝わってくる相手の熱意
先方の会社に伺うと、社長自ら会社の説明をたくさんしてくれました。事業の魅力をプレゼンするのはこっち(売手)なのに、逆に今後の事業展開について熱のこもったお話しをしていただき「ぜひヌルさんと一緒にやりたい!」とすごく事業意欲を感じたのと同時に、この会社(婦人靴の卸売業)とうち(スニーカーの小売業)が組んだら面白そうだなと思いました。
従業員の雇用継続や、従来どおりの事業運営を約束してくれ、資本力も十分なので私がM&A相手に希望する条件をすべて満たしていました。一緒に訪問したうちの社長もこの会社に譲渡することに賛同してくれました。
M&A後の変化
まず、M&Aから1年経ちますが店舗運営と雇用はM&A前と変わりません。社長も継続となり、引き続き事業運営を任されています。M&A前にオープンした阪神百貨店の店舗も順調のようです。通販事業は買手会社の広い場所に移り、在庫管理や荷捌き作業がやりやすくなりました。
私は会社を退いた後、心境の変化というか、視界が広がった感じがします。今までは「事業を継続するためにはどうしたらよいか?」を考えるあまりに、他社店舗の客入り・商品のディスプレイ・BGM、街を歩く人の買い物袋(どこの店で買い物しているのか)についつい目も意識も向いていました。それが段々と減っていき、いろんなところに意識が向くようになりました。経営のプレッシャーや不安が無くなったからだと思います。
最後に、周囲の反応として商店街や経営仲間からはM&Aについてたくさん聞かれました。やはり関心はそれなりにあるようで実際のM&Aがどんなものか知りたいようでした。
会社を譲渡した税理士から見た事業承継の選択肢
私がM&Aを決めた理由は「事業の継続」でした。事業が継続することで、
- 従業員が働く場所をつくる
- 取引先の売上になる(経済循環)
- お客様、地域社会への貢献
だから事業が継続することが一番大事、
その次に考えることが
① 家族のために会社があった方がよいのか
⇒ 子供は事業をやりたいのか・やる資質はあるのか
② 自分の人生を考えた時に会社があった方がよいのか
⇒ これからも自分でやり続けたいのか
これを考えた後は必ず周囲と話し合ってください。子供のやる気、幹部社員のやる気は実際に聞いてみないとわかりません。そして、自身も含めて関係者が納得できる解決策を探っていくことになります。
例えば「幹部社員に安く株式を譲る」ことをしたら家族にとっては大きな不利益です。一方で「やる気も覚悟もない親族社長」が来たら会社の人たちは困るでしょう。つまり、 関係者のバランスをとって事業の継続を実現する方法を考えるのが今のオーナー社長の役割です。
そしてこの決断は人生の最後にやるものではありません。引退後の人生もあります。
今の私は税理士事務所の仕事に加えて、税理士会の役員や商店街の仕事をやっているのでM&A前と忙しさはあまり変わりません。好きなゴルフを好きなだけ楽しむのはもう少し先になりそうです。
これから事業承継を考える方は、まず最も身近な関係者であるご家族と意見交換してみるのが最初の一歩だと思います。

経営承継支援 マネージャー 植田 駿一郎
担当者から一言

マネージャー 植田 駿一郎 (コンサルタント紹介ページ)
本件では、対象会社の魅力や業界内でのポジショニング、事業の将来性をどのように買手企業に提案すればよいか、前川先生と何度も打ち合わせを重ね、時には意図を汲み取れず不安を与えてしまったこともありましたが、自信を持って紹介できる買手を見つけると信じて取り組みました。
前川先生のお父様の教えである『商売人たれ』という理念を共有し、コロナ禍の中でも、多くの候補企業と接点を持ち、提案の機会を増やすための「行動量」は特に力を入れました。
M&Aは必ず成約するわけではありませんが、最後まで真摯に向き合って活動してまいりますので、事業承継をご検討される際は是非ご相談ください。