目次
病院・クリニック業界の市場動向
急速に進む高齢化 病院やクリニックが置かれている状況の中で最も顕著な傾向は、急速に進む高齢化である。高齢化による社会保障費の負担増や医療制度改革により、診療報酬の切り下げが続いており、病院やクリニックの収益が圧迫され、経営に大きな影響をもたらしている。
(注)病院は20床以上の病床を有する医療施設、クリニック19床以下の病床を有する医療施設、または病床を持たない医療施設。
人手不足 また、病院やクリニックでは慢性的な人手不足に陥っており、医師、看護師、その他有資格者の確保が医療機関にとって課題となっている。
特に看護師の「7対1看護配置」制度では、1名の看護師に対して患者が7名配置されていれば、高い診療報酬を受けることができると設定されている。反対に、看護師1名に対して患者数が多くなるほど診療報酬が低くなるため、看護師の確保は、病院やクリニックの収益性を維持するためにも重要である。
出所:各種資料より
病院・クリニック業界のM&A
2025年の地域包括ケアシステム構築という経営環境の変化を前に、病院経営者の高齢化問題も相まって、今後も事業承継を契機とする病院・クリニックのM&Aは増加すると予想される。
過去の病院・クリニック業界のM&A(一部)
年度 | 買い手 | 対象企業・事業 |
2017 | 一般社団法人巨樹の会 | 佐賀県杵島郡大町町による、一般社団法人巨樹の会への杵島郡大町町立病院の譲渡 |
2017 | 社会福祉法人恩賜財団済生会グループ | 日本郵政による、社会福祉法人恩賜財団済生会グループへの横浜逓信病院の譲渡 |
2018 | 医療法人沖縄徳州会 | 医療法人沖縄徳洲会が医療法人湯池会(北谷病院を運営)を吸収合併 |
2018 | みらかホールディングス(4544) | 大阪府の社会医療法人の愛仁会は、みらかホールディングスの連結子会社であるエスアールエルに対して、杏和総合医学研究所で手掛ける臨床検査事業を譲渡 |
2019 | 医療法人警和会 | 西日本電信電話による、NTT西日本大阪病院の警和会への事業譲渡 |
2019 | 日本赤十字グループ | 兵庫県立柏原病院と柏原赤十字病院の統合再編 |
2021 | 医療法人社団博洋会 | 事業再建中の藤井病院(石川県金沢市)の事業譲受 |
出所:各種開示資料より作成
クリニック業界の今後について
現在、クリニックは年間約6,400件が廃止となり、約7,300件が新しく設立されており、廃止新設の動きが多い業界となっている。
クリニックの約8割が減収であり、特に耳鼻科・小児科でその傾向が顕著です。また、新規開業での競争激化、後継者問題などの課題を抱えています。長期的には受診ニーズが減少する見込みでり オンライン診療など新たな取り組みでの差別化が必要になると思われます。
クリニックを開設する医師は、他の大きな病院で勤務した後、開業医として新たなキャリアを始めるというケースが大半である。その場合、第三者がクリニックを譲り受けるM&Aの手法を活用して開業することになる。したがって、クリニックのM&Aは今後も増加すると見込まれる。
M&Aするメリットとデメリット
【1】主な2つのM&Aの手法
M&Aを検討している経営者の皆様が覚えておくべき主な手法は、株式譲渡と事業譲渡の2つです。
売り手企業の株主が買い手企業に株式を譲渡する手法が株式譲渡です。売り手企業が買い手企業に事業を譲渡する手法が事業譲渡です。
どちらを選択するかは、売り手企業の意向、買い手企業の考えによって、両者の交渉によって決まります。
会社の借入金、従業員、資産、権利義務関係などの全てを買い手企業へ譲る場合、株式譲渡の手法を選択します。
一方、売り手企業の事業が、製造部門と販売部門のように複数事業に分かれており、製造部門のみを譲渡するような場合、事業譲渡を選択します。
以下の設例により、株式譲渡と事業譲渡の2つの方法を比較することにします。
<設例>
X社は、自社ビルの不動産賃貸業とレストラン事業(25店舗:全店舗は賃借)の運営を行っています。株主はオーナー社長のみです。 コロナ禍の影響を受けて、レストラン事業の業績が悪化したため、X社はレストラン事業を第三者へ譲渡することにしました。
レストラン事業を事業譲渡する場合、買い手企業のメリットは、レストラン事業のみを引継ぐ点になります。ただし、従業員の再雇用、権利義務関係の引継ぎなどの手続が煩雑になるデメリットがあります。一方、売り手企業の簿外債務を引き継ぐリスクはありません。売り手企業のメリットは、レストラン事業のみ譲渡できる点、譲渡代金は売り手企業(X社)が受領する点になります。
【2】M&Aの手順・流れ
①プロセス開始当初にご依頼する資料やお伺いする情報がスムーズにご提供戴けると、その後のプロセスが円滑に進行します。
②予備的企業価値評価は、当社専門家(会計士/税理士)監修のもと実施。この段階で、譲渡価格や条件等の内容を概ね決定します。
③買手候補企業との間で大枠の条件が固まったら基本合意書(法的拘束力無し)を締結します。この段階より1対1の交渉(独占交渉)が始まります。
④基本合意と買収監査結果で差異があった項目を中心に調整し、詳細事項を決定。M&A実施後の体制等も、この段階ですり合わせます。
【3】M&Aにより会社を売却するメリット
オーナーのメリット(株式譲渡の場合)
①オーナー・その他株主のキャピタルゲイン(資本利得)の実現
オーナー一族はリタイアに際して現金収入が発生し、ハッピーリタイアすることができますその他株主も、同様に未上場株式を現金に換金できます
②相続税対策
流動性のない未上場株式を現金化することにより、遺産分割が容易になります
③オーナー一族の個人保証からの解放
買い手企業が保証(債務保証、不動産等の担保提供)を肩代わりするため、オーナー一族の経済的負担が解消されます※親族内承継または従業員承継の場合、オーナー一族の個人保証を継続せざるを得ない場合があります
会社のメリット
①事業の継続を確保、会社成長の可能性があります
②買い手企業の傘下に入ることにより、事業継続と安定性を確保できます
③買い手企業とのシナジー、将来の会社成長の可能性に期待できます
④従業員雇用の継続、安定を図ることができます
【4】会社を売却するデメリット
・買い手企業が見つからないリスク
会社を売却すると決断してもすぐに買手企業が見つかるとは限りません。
M&Aにはそれなりのコストがかかるので、買い手企業にとっては、それなりのメリットがなければM&Aを実行しません。コロナ禍においては、M&Aを検討する企業数が減っており、かつ投資目線も厳しくなっています。つまり、「コストをかけてもM&Aを行う」と買い手企業が思うような魅力がある会社(売り手企業)でない限り、なかなか買手企業が現れないと考えるのが良いでしょう。M&A市場においては、一般に「将来的に売り手企業がどの程度の収益を上げる力があるか」で売り手企業は評価されます。したがって、収益面では黒字にすること、過度な借入金(例えば、売上高を超える、あるいは同じ金額の借入金)は避けるべきです。
・M&A後における従業員の待遇面の不安
M&A後における従業員の労働条件や解雇の規則については、買い手企業によって変更をされないように最終契約書に記載しておく必要があります。最終契約書での取り決めがない場合、M&A前より悪い労働条件で働かされたり、簡単に解雇されたりする可能性があるためです。M&Aを実行する場合、確認する事項は個別案件ごとに異なり、また多岐にわたります。この確認をおろそかにせず、売り手企業と買い手企業のお互いがM&Aのメリットを享受できるように交渉を進めることが重要です。
Ⅴ会社を売却する際の株価の考え方
株価(株式価値)の算定方法として一般的に用いられる手法は、修正純資産法、類似会社比較法(マルチプル法)、DCF法です。
【1】修正純資産法
評価対象会社(売手)の貸借対照表に計上されている全ての資産・負債を時価評価した後の純資産額に営業権を加算して企業価値を算定する方法です。この方法は、企業の静的な価値を判定するのに適しています。未上場会社のM&Aで利用されることが多い方法です。
(注)黒字の場合、営業権として修正後営業利益の3年分程度の金額を加算します。一方、赤字(営業損失)の場合、営業権はつきません。社歴〇〇年の老舗企業、あるいは△△△ブランドで有名などの要素は、営業権として評価されません。
【2】類似会社比較法(マルチプル法)
業種、企業規模等の類似する上場会社の一定の財務数値に対する企業価値の倍率を測定し、評価対象会社(売手)の財務数値に当該倍率を乗じることで企業価値を算定する方法です。
上場会社、未上場会社のM&Aにおいて利用されている方法です。
なお、未上場の中小企業・小規模企業のM&Aの株価算定においては、会社規模(売上)が小さい、ニッチ業種であるなどの理由により、上場会社の中から類似会社を選定することが難しい場合があります。
【3】DCF法
事業活動から得られると予測される将来キャッシュ・フローの総額を現在価値に割り引いた金額を企業価値として評価する方法です。将来キャッシュ・フローの予測に企業価値が大きく左右される方法です。上場会社のM&Aにおいては、一般的に利用されることが多いです。
なお、DCF法を用いる場合、将来キャッシュ・フロー算出の基礎となる評価対象会社(売手)の事業計画が必要となります。また、当該事業計画の客観性、妥当性、実現性等が重要になります。
【4】考慮すべき事項
評価対象会社(売手)が、企業のライフサイクル(イメージ図)において、創業期、成長期、成熟期、衰退期のいずれの段階に該当するかを判断します。
併せて、評価対象会社の継続性の疑義の有無、知的財産等に基づく超過収益力に依存する収益構造であるか、類似上場会社のない新規ビジネス、或いはニッチ業種に該当するかなどを判断する必要があります。
企業のライフサイクル(イメージ図)
以上の考慮すべき事項を確認した後、評価対象会社(売手)に適切な株価(株式価値)の算定方法を選択します。複数の算定方法を選択できる場合は、それぞれの算定方法の結果を比較検討するのがよいでしょう。
【5】株価(株式価値)の算定方法の選択
〇:採用が適していると考えられる △:場合によっては採用することが想定される
【6】会社を売却する場合に係る税金
中小M&Aの方法のうち、最も多く用いられる株式譲渡の場合において、会社売却に係る税金をどのように考えるかを一緒に見てみることにします。会社の株主が個人である場合、所得税・住民税あわせて20.315% の固定税率で分離課税が適用されます。以下の設例を用いて、会社を売却した場合、株主の税金をどのように計算するかを説明します。
<設例>
会社株主は、社長のみの一人株主とします。
株式の出資額10,000千円、株式譲渡代金100,000千円、売り手(個人株主)のM&A手数料5,500千円 (消費税込み)とします。
株式の売却益(注)は、株式譲渡代金から株式の出資額を差し引いた、90,000千円(=100,000千円−10,000千円)となります。
(注)キャピタル・ゲイン(資本利得)
個人株主の場合、株式の売却益は分離課税の対象となり、税率は20.315%(注)が適用されます。
また、M&A手数料(消費税込み)は、売却益から費用として差し引くことができます。
よって、個人株主が負担する税金は、以下のように計算することができます。
(90,000千円−5,500千円)×20.315%(注)=17,166千円
(注)所得税及び復興特別所得税(15.315%)+住民税(5%)
【7】会社を売却するタイミングを考える場合のポイント
会社を売却するためのポイントは3つあります。
ポイント① 引退の時期を決める。
「この事業が上手くいったあとで」といった条件付きの不明確な時期の決め方ではなく、できれば年月を確定することをおすすめします。時期を決めることで、実現するための強い決意が生まれます。
経営状態がよいタイミングで売却すると高い株価で売却でき有利ですが「企業価値が上がったら売却してリタイアしよう」という決め方だとなかなか踏ん切りがつかず、ハッピーリタイアの実現は難しくなるでしょう。
ポイント② 売却前に次の経営者がやりやすいように経営環境を整えておくことです。
後顧の憂いなくリタイアするためには、経営者の頭の中にある重要な項目を整理しておくことが重要です。
特に、従業員の対するケアがポイントであり、各従業員の性格等を、事業引継ぎの際に伝えておかなければ、その後の組織運営に支障が出ます。
ポイント③良いフィナンシャル・アドバイザーを見つける。
会社を売却する際には、専門的知識が必要となり、M&Aの専門家のサポートが必要となります。
中小M&Aの実績が十分にあり、業界での評判の良いM&A仲介会社を選ぶとよいでしょう。
どのM&A仲介会社も初期相談は、無料で対応しています。複数社と面談して、相性の良さそうな会社を選択するのも一つの方法です。
(注)フィナンシャル・アドバイザーの役割は、クライアント(売り手、買い手)が目指す戦略実現のために、最適なM&A手法を企画 立案し、その執行を全面的にサポートすることです。アドバイザリー会社のタイプとしては、金融機関系、会計会社系、ブティッ系の3つに大別することができます。
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