目次
金属加工の最新M&A事例10例
はじめに、金属加工のM&A事例を10例紹介します。最初の3例は、2024年に実施された最新のM&A事例となります。事例により、買い手・売り手双方がM&Aを行う目的(ニーズ)や用いられる手法などの理解を深めることができます。
三菱重工業と放電精密加工研究所のM&A
売り手企業の概要
放電精密加工研究所:放電加工を含む特殊な金属加工技術に基づく部品製造、金型製造など
買い手企業の概要
三菱重工業:エナジーやプラント・インフラ、航空などの事業に関係する製造業
M&Aの実行目的
売り手企業:自己資本の増強・充実を目的とした資金調達[1]
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2024年2月〜4月(払込期間)[2] |
M&A手法 | 第三者割当増資 |
結果 | 放電精密加工研究所が三菱重工業を割当先とする新株式の発行を実施 |
売却金額(調達金額) | 約20億円 |
岩谷産業と太平工材および太平金属のM&A
売り手企業の概要
太平工材:ステンレスや非鉄材料の加工および販売
太平金属:同上
買い手企業の概要
岩谷産業:LPガスなどの総合エネルギー事業、マテリアル事業など
M&Aの実行目的
買い手企業:売り手企業の有する販売網やサービス体制とのシナジー創出による競争力・収益力の強化
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2024年3月[3] |
M&A手法 | 株式譲渡 |
結果 | 売り手企業の株主が岩谷産業に全株式を売却 |
売却金額 | 非公表 |
UTグループと日立茨城テクニカルサービスのM&A
売り手企業の概要
日立茨城テクニカルサービス:金属加工製品等の設計や製造など
買い手企業の概要
UTグループ:製造や設計、開発などの派遣事業
M&Aの実行目的
買い手企業:顧客ニーズに密着した新たなサービス価値の追求[4]
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2024年5月[5] |
M&A手法 | 株式譲渡 |
結果 | 日立茨城テクニカルサービス株主がUTグループに株式の51%を売却 |
売却金額 | 非公表 |
定松製作所と丹後テックのM&A
売り手企業の概要
丹後テック:金属加工業
買い手企業の概要
定松製作所:金属加工業
M&Aの実行目的
売り手企業:後継者不在の課題解決(事業承継の実現)
買い手企業:双方の強みを活かした発展の実現
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2023年7月[6] |
M&A手法 | 株式譲渡 |
結果 | 丹後テック株主が定松製作所に会社売却 |
売却金額 | 非公表 |
愛三工業とアイエムアイのM&A
売り手企業の概要
アイエムアイ:金属プレス加工、金属金型製造等
買い手企業の概要
愛三工業:自動車部品の製造および販売
M&Aの実行目的
買い手企業:電動化製品事業の成長、車載用電池に関する技術の蓄積
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2023年11月[7] |
M&A手法 | 株式譲渡 |
結果 | アイエムアイ株主が愛三工業に全株式を売却 |
売却金額 | 非公表 |
Mipoxと大久保鉄工所のM&A
売り手企業の概要
大久保鉄工所:金属パーツの精密研磨加工
買い手企業の概要
Mipox:半導体向け受託研磨
M&Aの実行目的
買い手企業:多角的な受託研磨事業の展開
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2023年10月[8] |
M&A手法 | 株式譲渡 |
結果 | 大久保鉄工所株主がMipoxに全株式を売却 |
売却金額 | 非公表 |
JX金属と大阪合金工業所のM&A
売り手企業の概要
大阪合金工業所:中間合金地金の製造や販売など
買い手企業の概要
JX金属:銅を中心とした非鉄金属製品の製造や販売
M&Aの実行目的
買い手企業:原料調達におけるサプライチェーンの強化、先端素材の安定供給、新製品開発の強化
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2023年6月(公表)[9] |
M&A手法 | 株式譲渡 |
結果 | 大阪合金工業所株主がJX金属に株式の一部を売却(議決権割合が33.4%から52.6%に増加) |
売却金額 | 非公表 |
ヤマシナと中国山科サービスのM&A
売り手企業の概要
中国山科サービス:ネジやプレス品の仕入および販売(商社)
買い手企業の概要
ヤマシナ:金属製品の企画、製造、販売
M&Aの実行目的
買い手企業:販路拡大などのシナジー効果創出
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2022年3月[10] |
M&A手法 | 株式譲渡 |
結果 | 中国山科サービス株主がヤマシナに95%の株式を売却(議決権割合が5%から100%に増加) |
売却金額 | 1億9,300万円 |
岡谷鋼機と旭精機工業のM&A
売り手企業の概要
旭精機工業:自動車や家電などの分野に関する金属加工品の製造と販売
買い手企業の概要
岡谷鋼機:鉄鋼や産業資材などの商社
M&Aの実行目的
売り手企業:資本業務提携に伴う、経営資源・経営ノウハウの相互活用による事業効率の向上
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2022年1月[11] |
M&A手法 | 資本業務提携(第三者割当による自己株式の処分) |
結果 | 旭精機工業が岡谷鋼機を割当先として自己株式の処分を実施 |
売却金額 | 1億5,776万円 |
三陽工業と太田工業所のM&A
売り手企業の概要
太田工業所:金属加工
買い手企業の概要
三陽工業:製造業、製造派遣業
M&Aの実行目的
買い手企業:「日本の製造現場を元気にしたい」というビジョンの実現
売り手企業:技能承継や人材不足といった課題の解決
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2022年6月[12] |
M&A手法 | 株式譲渡 |
結果 | 太田工業所株主が三陽工業に全株式を売却 |
売却金額 | 非公表 |
[1] 第三者割当による株式の発行等に関するお知らせ(放電精密加工研究所)
[2] 第三者割当による株式発行の払込完了等のお知らせ(放電精密加工研究所)
[3] 太平工材株式会社および太平金属株式会社の株式取得(岩谷産業)
[4] 日立茨城テクニカルサービスの株式取得(UTグループ)
[5] (開示事項の変更)株式会社日立茨城テクニカルサービスの株式取得(UTグループ)
[6] 後継者不在の金属加工会社を協力会社が承継(大阪府事業承継・引継ぎ支援センター)
[12] 太田工業所の株式取得(三陽工業)
金属加工業界とは
業界の基本的な知識を押さえておくことで、買い手や売り手の考えやM&Aのニーズなどを理解しやすくなります。本章では、業界の定義や市場規模、課題を解説します。
業界の定義
金属加工業界には、金属材料を所定の寸法・形状を有する製品に作り上げるビジネスを行う事業者の集まりです。具体的には、産業用機械・装置や日用雑貨、これらの製品に使われる半製品(金属板・棒など)といったモノの製造が行われます。
規模
総務省の日本標準産業分類において、金属加工業は「中分類24 金属製品製造業」が該当すると考えられます[13]。経済構造実態調査および経済センサスによると、2018年〜2023年における金属製品製造業(金属加工業)の市場規模は以下のとおり推移しています。[14][15]
※備考
- 2022年分のみ一次集計(速報値)データ、それ以外は二次集計のデータを使用
- 2020年分は「経済センサス-活動調査」のデータを活用
リーマンショックやアメリカの金融危機などを理由に、2008年〜2011年にかけて金属加工業界の市場規模は縮小傾向となっていました。しかし、株価上昇や雇用環境の改善、消費マインドの回復といった好材料が出てきたことで、2012年〜2010年代後半にかけて市場規模が拡大を続けました。[16]
2020年はコロナ禍を理由に、市場規模が縮小したと考えられます。ですが、2021年以降は再び市場規模が拡大傾向となっています。
業界の課題
金属加工業界では、主に以下の課題が浮き彫りとなっています。[16][17]
- 経験や勘などで技術が支えられており、技能の継承が困難となっている
- 「アジア諸国の台頭」や「ユーザー企業による海外への生産シフト」などによる競争の激化
- IT化を前提とした競争の展開による、資金力が低い零細〜中小企業の経営悪化
- 危険な職場環境に伴う労働災害の続発
上記の課題により、小規模な金属加工業者を中心に、業績悪化や人材不足の深刻化といった事態に伴い、経営の続行が困難となるおそれがあります。こうした課題を防ぐには、以下の取り組みが効果的であると考えられます。
- 生産工程のDX化による生産性向上、省人化
- ITの活用やマニュアル整備による技能継承、人材育成
- 労働環境の改善による人材の確保、モチベーション向上
- 顧客ニーズに沿ったビジネスモデルへの転換
- 上記を実現するための資金調達の実現
また、M&Aによって不足する経営資源の確保を図ることでも、課題の解決につながるでしょう。
[13] 大分類E-製造業(総務省)
[14] 経済構造実態調査(e-Stat)
[15] 経済センサス‐活動調査(e-Stat)
[16] 金属業界の動向について教えてください。(J-Net21)
金属加工のM&A動向
金属加工業界では、主に以下3つの目的で行われるM&Aが活発です。
技術の習得や事業拡大を目的とした同業者の買収
金属加工は「切削加工」や「プレス加工」といった様々な分野があり、分野が異なれば必要となる技術は異なります。新しい製品ジャンルを取り扱う目的から、必要となる技術を有する金属加工会社の買収が活発に行われています。
また、販路拡大や生産力の強化を図るために、同業他社を買収する事例も見受けられます。一から事業規模を拡大する場合よりも、時間や労力を削減できることから、M&Aが効果的な戦略として見られています。
垂直統合を目的とした関連業種とのM&A
垂直統合とは、ある製品のサプライチェーンにおいて、自社とは異なる工程を担う企業を取り込むことを意味します。金属加工業界では、原材料業者を金属加工会社が買収するケースや、金属加工会社を専門・総合商社が買収するケースなどが見受けられます。
垂直統合では、内製化や物流等の最適化により、コスト削減や売上拡大といったシナジー効果を期待できます。そのため、金属加工会社と関連業種の企業によるM&Aや提携が活発に行われています。
事業の存続をかけた会社・事業の売却
競争激化や後継者、熟練技能者の不足といった理由により、事業の続行が困難となっている零細〜中小規模の金属加工会社は少なくありません。こうした企業が、事業存続をかけて同業他社や関連業種の事業者に会社や事業を売却するケースも見受けられます。
金属加工のM&A価格相場
金属加工会社のM&A価格は、売り手企業と買い手企業が交渉して決定します。そのため、厳密な意味で「相場は◯◯円」と断定はできません。
一般的なM&Aでは、企業価値評価(バリュエーション)の結果に基づいて価格交渉が行われます。バリュエーションの結果は、ファイナンスの理論に基づいたものとなるため、売り手企業と買い手企業にとってある程度は納得のいく金額に落ち着きます。バリュエーションの方法は、以下の3種類に大別されます
- コストアプローチ:売り手企業の純資産を基準にする方法
- マーケットアプローチ:売り手企業と類似する業種の会社や過去のM&A取引を基準にする方法
- インカムアプローチ:売り手企業の将来的な収益力を基準にする方法
それぞれメリットやデメリットは異なるため、状況に基づいた方法の選択が求められます。また、交渉においては、売り手企業が有する強みや市場環境、想定されるシナジー効果といっした要素も考慮される点にも留意する必要があります。
なお、年倍法という手法を用いることで、簡易的に企業価値評価を行えます。年倍法では、「時価純資産 + 営業利益 × 2〜5年分」という計算式で企業価値を算出します。なお、中小企業が公開しているマニュアルには、「中小企業M&Aでは年倍法の結果を企業価値とするケースが多くなっている」と記載されています[18]。したがって、参考指標ではあるものの、「年倍法の評価結果 = 売買価格の相場(目安)」と考えることができるでしょう。
[18] 事業承継マニュアル(中小企業庁)
金属加工のM&Aを行うメリット
売り手と買い手それぞれの視点から、金属加工のM&Aを実施するメリットを解説します。
売り手側のメリット
売り手側では、以下5つのメリットを期待できます。
資金獲得
金属加工の会社や事業の売却により、即座にまとまった現金を得ることができます。この資金は、経営者の退職資金として使用するだけでなく、既存事業への投資や新規事業の立ち上げ資金としても利用できます。また、負債の返済や財務体質の強化にも役立ちます。
事業の存続・従業員の雇用維持
後継者問題や経営難を抱える企業は、廃業によって培ってきた技術や従業員の雇用を存続できなくなるリスクがあります。M&Aによって信頼できる買い手に経営を引き継ぐと、伝統技術や従業員の生活を守ることができます。
経営改善・事業の成長
M&Aを通じて、新しい経営リソースやノウハウが導入されることで、経営改善や事業成長が期待できます。買い手企業が持つ先進的な技術や効率的な経営手法を活用することで、金属加工業の生産性や競争力が向上します。また、販売チャネルの拡大や新規市場への参入も実現しやすくなります。
事業の選択と集中
複数事業を展開している場合、不採算部門の売却により、売却した事業の赤字分がなくなり、会社全体の財務が改善されます。また、空きができたリソースを主力事業や成長が見込める新規事業に投下することで、長期的な競争力の向上も実現できます。
個人保証や経営者としての重責からの解放
一般的に中小企業の経営者は、個人保証や経営の重責を負っています。M&Aによって金属加工の会社を売却すると、こうしたものから解放されます。
個人保証から解放されることで、経営者は倒産に伴う個人弁済のリスクから解放されます。また、従業員の雇用や地域経済などに対するプレッシャーもなくなることで、心身ともに健康的な生活を送りやすくなります。
買い手側のメリット
買い手側では、以下3つのメリットを期待できます。
技術や人材、販路等の獲得
金属加工の会社・事業の買収において、技術や熟練した人材、販路などの経営資源を一挙に獲得できる点は大きなメリットです。これにより、内部で一から技術開発や人材育成を行う時間を大幅に削減できます。また、自社にはない強みを取り込むことで、事業規模の拡大(≒売上拡大)や競争優位性の確立といった効果も見込めます。
シナジー創出による売上拡大・コスト削減
金属加工業の買収により、買い手側はシナジー効果を享受できます。たとえば、技術やノウハウの共同活用により、新製品開発やクロスセル、製品の品質向上といったシナジーが生み出され、売上の大幅な拡大が期待できます。また、重複する生産工程や設備の統合により、コスト削減の効果も見込めます。
新規参入や海外進出のスピードアップ
金属加工業の事業で収益化するには、熟練した技術(技術者)の確立・確保や販路の確立、生産プロセスの最適化などを行う必要があります。海外進出を軌道に乗せるには、現地ニーズに即した製品開発・改良や現地法への理解などが必要です。どちらも、自力で一から行うには膨大な時間がかかります。
M&Aを活用することで、買い手企業は新規参入や海外進出を迅速に行えるようになります。
たとえば新規参入の場合、既存の金属加工会社を買収することで、すでに確立されている技術者やネットワークを活用することで、スムーズに安定的な収益確保を実現できます。また、進出先の国においてネットワークや認知などを確立している企業を買収することで、海外進出のリスクを軽減しつつ、軌道に乗せるまでの時間も削減可能です。
金属加工業のM&Aを行う流れ
金属加工業のM&Aを行うプロセスに関して、他の業界・業種と大きな違いはありません。一般的には、以下の流れで金属加工業のM&Aが行われます。
本章では、「売り手・買い手共通」、「売り手」、「買い手」という3つの視点から、金属加工業のM&Aを成功させるコツを解説します。
売り手・買い手共通のコツ
売り手と買い手に共通する成功のコツは下記の3点です。
- 事前に買収・売却を行う目的や戦略を明確にする
- 目的や戦略に応じたM&A手法を選択する
- 金属加工会社のM&Aに強い専門業者(仲介会社など)を起用する
目的や戦略の明確化は、M&Aによって自社が実現したいことと、実際に達成されることのズレを防ぐ上で重要です。M&A手法に関しては、会社ごと売却してリタイアしたいならば「株式譲渡」、事業の選択と集中を図りたいならば「事業譲渡」、といった形で最適な手法選択が求められます。
そして、最適な専門業者の起用に関しては、バリュエーションやM&A相手とのマッチングを左右する要素という理由から重要です。実績や口コミ、担当者との相性を基準に選ぶことがおすすめです。
売り手のコツ
売り手側は、以下3つのコツを押さえておくことが重要です。
- 買い手から高く評価される強みを確立しておく
- 高値で売却できるタイミングを選択する
- 自社の従業員や技術を尊重してくれる買い手企業を探す
1〜2つ目のコツは、満足度の高い条件(価格など)で売却する上で効果的となります。習得が難しい技術をはじめとした強みを確立し、かつ業績や市場が成長しているタイミングであれば、高値売却の可能性は高まるでしょう
3つ目に関しては、従業員や顧客、取引先、ひいては地域経済などの影響を考慮する上で重要となります。実際に対話する際に、相手経営者や担当者の人柄や経営ビジョンを確認することがおすすめです。
買い手のコツ
買い手側は、以下2つのコツを押さえておくことが重要です。
- デューデリジェンスに注力する
- 相手企業が有する強みや自社と想定されるシナジー効果を見極める
1つ目のコツは、想定外の損失を被らないために重要です。簿外資産や訴訟といったリスクはもちろん、売掛金回収の遅延や技術者の年齢・人数、労働環境などについて、専門家と協力しながら精査しましょう。
2つ目のコツは、M&Aによって得られる利益を最大化する上で重要です。加工技術の優位性や安定的な受注先の有無など、買収後の事業運営にとってプラスとなる要素の度合いを見極めることが求められます。
金属加工のM&Aまとめ
金属加工業のM&Aにおいて、売り手側は資金獲得や事業の存続、買い手側は技術の獲得やシナジー創出といったメリットを見込めます。双方に共通して、目的や戦略に応じたM&A手法の選定や金属加工業のM&Aに強い専門業者の起用が成功する上で重要です。
本記事の内容を参考に、金属加工のM&Aに取り組んでいいただけますと幸いです。
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