法務DDにおける調査事項③「労務」

執筆

弁護士 大和田 準

弁護士 大和田 準

馬場・澤田法律事務所 http://www.babasawada.com/ 労働事件を中心に、企業・個人を問わず日常的な法律相談から訴訟などの紛争解決手続まで幅広く取り扱っている。 M&A案件における法務デューデリジェンスでは主に労務を担当し、リスクを指摘するだけにとどまらず、どのようにリスクを改善するかを意識した助言を行っている。クライアントから話しやすいと思ってもらえる弁護士・最善の解決方法をクライアントとともに考え抜ける弁護士を目指している。...続きを読む

監修

経営承継支援編集部

この記事は、株式会社経営承継支援の編集部が監修しました。M&Aに関してわかりやすく役に立つ記事を目指しています。

目次 [ ]
【ポイント】
  • 労働法務DDの主な目的は、対象会社の人的側面に着目して、問題点の是正やM&A実行後の経営方針の策定を図ることです。
  • 就業規則や従業員名簿などの様々な資料から、対象会社の組織構成や従業員の労働条件を把握し、法令違反や残業代をはじめとする潜在債務の有無・内容を調査します。
  • 労働法務DDは調査事項が多岐にわたり、高度な法的判断が必要となるため、専門家と協同して調査範囲や深度を見極め、効率的に調査目的の達成を図る必要があります。

 

1 総論

本稿は、非上場企業の株式を譲り受ける取引を想定した法務DDに関する連載の第3弾です。本稿は、①会社組織及び株式、②知的財産権、に続き労働法務DDにおける調査事項を説明します。

 

労働法務DDは、法務DD(会社組織・株主・事業)における調査事項で掲げた法務DDの目的の中でも、とりわけ、対象会社に関する情報のうち人的側面に関する情報を収集してビジネスパートナーの素性を調査する、より具体的には、①M&A実行前に問題点を把握して対象会社に是正を求める、②M&A実行時の買収価格や表明保証事項を決定するための前提情報を得る、③M&A実行後の対象会社の経営方針を策定するために組織体制を把握する、ことを主な目的とします。

 

ただし、労働法務DDは、M&Aの規模や調査時間及び費用の制約から、調査事項や調査の深度がしばしば限定されます。

 

例えば、調査事項を潜在債務の存否に関する点(典型的には残業代など)に限定し、また潜在債務の具体的な金額までは計算せず存否の確認にとどめる、といった具合に、費用対効果を検討することも重要とされます。

 

以下に掲げる調査事項は、比較的広い範囲の調査を想定するものですが、必ずしも全事項が網羅的に調査されるとは限らないこと、逆に対象会社の特質に応じてこの他にも特に調査を行う事項もありうることにご留意ください。

 

2 組織構成

まず、M&A対象会社の組織図や従業員名簿から、従業員数や雇用形態、役職などを調査します。

 

従業員数は、就業規則の作成義務(10人以上)や障がい者雇用義務(原則50人以上)、安全管理者等の選任義務(業種により異なります)など、法令上の様々な義務が適用されるか否かを左右する基準になっているほか、対象会社の組織構成を把握するためにも、極めて重要な基礎的情報です。

 

また、有期雇用やパート(短時間)勤務の従業員との関係では、雇用契約の更新事由や苦情窓口の明示義務、近時では無期雇用への転換義務や正社員との均衡待遇(同一労働同一賃金)など更に特有の法規制が課せられるため、各従業員の雇用形態も重要な調査項目です。

 

さらに、出向者や派遣労働者、業務委託者など、対象会社に通常の従業員と異なる契約形態で働いている方が存在すれば、労働者派遣法や職業安定法などによる規制も存在するため、必要に応じて調査を実施します。

 

3 社内規定類

次に、雇用契約書・労働条件通知書や就業規則・賃金規程等の規程類、36協定などの労使協定から、基本的な労働条件を調査します。

 

会社には、雇用契約書や労働条件通知書などの書面を通じた労働条件明示義務、残業を命じる場合の36協定締結義務などが課せられており、違反した場合には罰則が定められているため、労働条件の明示及び36協定締結の有無を確認する必要があります。

 

また、書面で明示された労働条件が実際の労働条件と相違しており、潜在債務を生じさせる要因になる場面もしばしば発生します。

 

例えば、業務手当を固定残業代の趣旨で支払っていたものの、書面に明示されていなかったため無効になり、改めて残業代支払義務が発生する場合があるなど、潜在債務の有無を調査する前提としても、その把握は必須になります。

 

ただし、対象会社が小規模である場合や設立後間もない場合には、そもそも社内規程が未整備な場合も多いため、必要に応じて求人票や給与明細などの他の資料から労働条件を推測することも必要となります。もちろん、この場合、M&A実行前に、対象会社に対して社内規程の整備を要請することは必須となります。

 

4 賃金・賞与・退職金

さらに、前記3の社内規程類のほか、賃金台帳や給与明細も併せて参照し、従業員の賃金・賞与・退職金の各制度を調査します。

 

賃金制度は、従業員にとって最も重要な労働条件であるため、会社がこれを従業員の不利益に変更することは労働契約法で厳しく制限されています。買主は、対象会社の既存の賃金制度を相当程度前提にして、今後の対象会社の経営方針を策定せざるを得ないため、M&A実行前に対象会社の賃金制度を正確に理解することは極めて重要になります。

 

5 労働時間・残業代

特に労務DDで重視される点が、労働時間・残業代の調査です。

 

タイムカードや賃金台帳、給与明細などから従業員の労働時間と既払の残業代を調査して、未払残業代の存否を確認します。未払いが存在するときは必要に応じて未払額を概算することもあります。残業代は、対象会社によって、変形労働時間制の有効性、固定残業代による既払い、管理監督者であることを理由とする不払いなど、調査事項が多岐にわたります。

 

また、タイムカードの打刻が実際の労働時間と一致しているかどうかは、タイムカードを精査するだけでは必ずしも判明しないため、対象会社の事業場に赴いてタイムカードの設置状況を目視し、また担当者からのヒアリングを実施するなど、資料だけに囚われない柔軟な調査が必要とされます。過度に長時間の残業が存在するときは、残業代のみならず、うつ病などの精神疾患の発症により対象会社が労災の責任を追及されるおそれもあります。

 

この場合、買主は買収後に多額の損害賠償責任を負うリスクはもちろん、報道によるレピュテーションリスクも甚大なものとなる懸念があるため、M&A実行前に是正することが急務になります。

 

6 労働法令遵守状況

近年のコンプライアンス意識の高まりもあり、対象会社の法令遵守状況の調査も重要性が増しています。もっとも、あらゆる法令の遵守状況を網羅的に調査することは時間や費用の面から困難です。

 

そこで、例えば、就業規則等の規定を精査して、男女雇用機会均等法や労働施策総合推進法に定めるセクハラ・パワハラの防止措置実施の有無や、高年齢者雇用安定法に定める継続雇用制度の導入の有無などを調査したり、対象会社の担当者のヒアリングを通じて育児介護休業の取得状況や労働安全衛生法に基づく安全管理者等の選任状況を尋ねて、育児介護休業法や労働安全衛生法の遵守状況を調査したりします。

 

7 労災・労使紛争等

最後に、労働者死傷病報告書や労災保険の請求に関連する書類、社内の事故報告書などから、労災の有無や内容、処理結果を調査します。

 

また、近年では従業員が長時間労働やハラスメントに起因して精神疾患を発症したとして、会社が責任を問われる事案も世間の耳目を集めるため、従業員名簿などから休職者の存否を確認したり、ハラスメントの調査報告書などからハラスメントの存否を調査したりすることもあります。また、懲戒処分通知書や解雇通知書・解雇理由書の開示を要請し、直近数年分の懲戒実施歴や解雇実施歴を調査して、将来労使紛争が発生するリスクを予測するほか、労働基準監督署からの指導票や労働組合からの団体交渉申入書、訴状などから、現に存在する労使紛争の内容も確認します。

 

過去に労災や労使紛争が頻発した場合や現に存在する場合には、対象会社の労務管理体制に何らかの問題が存在する可能性が高いと予想されるため、M&A実行前に問題点を洗い出して労務管理体制を整備する必要があります。

 

8 まとめ

労働法務DDでは、M&Aの中止要因となる重大な事由が発見されることは極めて稀であるとされます。

 

しかし、労働法務DDは、冒頭に述べた目的のとおり、M&Aの実行を推進し、またM&A実行後の円滑な事業活動を行ううえで、極めて重要な役割を果たします。M&Aを実行されるにあたっては、労働法務DDの実施をぜひご検討ください。

株式会社経営承継支援は、一社でも多くの企業を廃業危機から救うため、全ての企業様のご相談をお受け致しております。
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