M&A後のストーリー 調剤薬局編

M&Aの目的は何か? それがM&Aの成否を決める

増田 由利子
【譲渡企業】有限会社十番館薬局 代表取締役 増田 由利子 様  
譲渡企業 買手企業
業種 調剤薬局 調剤薬局
地域 神奈川県(4店舗) (本社) 秋田県
(店舗) 東北~関東、京都府

2024年3月M&A成約

 創業以来、地域に根差した薬局運営を行ってきた増田様。当初はM&Aで譲渡することは考えていなかったそうですが、どのような経緯・目的でM&Aを決断されたのか伺いました。

60代前半までは、なんとかやってこれた

 薬剤師として調剤業務をしながら、4店舗のマネジメントもやっていました。60代後半になると、体力的にその2つをこなすことが段々と難しくなってきて、それが「今後」を考えるきっかけでした。自身の年齢だけでなく『国が求める薬局経営』も大きく変わってきて、医療DX化など私一人でそれらに対応していくには限界があり、先々の経営にも不安を持っていました。
 課題の解決策を探すために、税理士さんの紹介でコンサルティングを受けることなり、その中で「事業を続けていくためには『増やす』か『減らす』かの二択で現状維持はない」と言われ、私はもうこれ以上増やせない、減らすならどう減らせばいいのか?ということを数か月かけて追加検討していきました。

私にできること、できないこと

 今の薬局経営で利益を増やすには、多くの「加算」を取ることが求められます。店舗のスタッフはそのオペレーションに対応できるスキルを持っていますが、経営者の私がITやDXを取り入れて使いこなすノウハウが不十分でした。スタッフの雇用・収入の安定のためにも、加算体制を整備できるしっかりした会社に引き継いでもらうのが良いと考えました。
 一方、私個人は残りの薬剤師人生を地域の患者さんに丁寧に向き合っていきたいと考えました。高齢の患者さんが多いので、処方箋に書いてある薬を渡してハイ終わりというわけにはいきません。ゆっくり話を聞いて一人一人に寄り添った「町の薬局」を実現するために、創業の1店舗を残し、3店舗を譲渡することに決めました。

M&A会社に対する不信感

 毎月・毎週、いろんなM&A会社からDMや電話が来ます。アポなしで直接店舗にやってくる営業マンもいるぐらいでした。それだけでも信用できませんが、試しに話を聞いても依頼しようという気持ちにはなりませんでした。彼らの話から感じたのは、

  • 会社の譲渡をモノの売買のように話す。
  • 「高く売れますよ」など売るメリットを並べて、当方の事情は大して興味なさそう。
  • 自分の知らないところで「意図しないM&A」が進みそうで恐怖を感じた。

「M&Aした薬局の従業員が1年以内に全員辞めた」という話も耳にしていましたし、飲み込まれそうな怖さを感じました。M&A会社は慎重に選ばなければ!と思いましたが、信頼できる会社をどう探せばよいかわからなかったのでコンサルティングの先生に経営承継支援さんを紹介いただきました。
 他の営業マンと大森さん(本件担当)との違いは、ちゃんと私の話(経営方針やスタッフへの想い)を聞いて、私が考えていることをしっかりと理解して同じ方向を見てくれたことです。とても話しやすかったです。

真冬のトップ面談

 初めてのトップ面談は、寒さ深まる12月、あいにく電車が止まってしまい、相手の社長さんは別の駅から30分歩いて来られました。そのお顔を見た時に「この方なら大丈夫」って思いました。創業から220年続く8代目の社長さんで、一本芯の通った素晴らしい方でした。私(薬剤師兼社長)とは違い、薬剤師ではない事業家だったことです。常に先を見た事業展開をされていて、私ができない『増やす』を実現できる方でした。
 合わせて、スタッフを非常に大切にする薬局運営をなさっていることもよく理解できました。
「どうして関東に進出を?」との質問に「秋田から関東に出ていく人は多い、その人たちが秋田に戻りたい時に戻れるようにしたい」という答えをお聞きし、本当に先のことを考えて事業をやっていらっしゃるのだと感じました。
 この面談で私の心は決まり、あとは契約に向けて粛々と手続きを進めていきました。薬局は許認可ビジネスということもあり、作って出した書類はすごく多かったです。通常業務をやりながらの作業だったので大森さんの伴走に感謝です。

スタッフにはストレートに伝えるのが一番

 M&Aをスタッフに発表する時、まず最初に「薬局を事業譲渡することにしました」とはっきり言いました。譲渡の理由とともに、譲渡先の社長さんは信頼できる人で雇用と給与水準は今と変わらないこと、そして皆さんの力で今の店舗をより良いものにしてほしいと伝えました。スタッフからM&A反対や不満は全く出ず、逆に「雇用を守っていただいてありがとうございます」という人がいたぐらいです。
 一般的に薬局の譲渡は「スタッフの有給休暇」が引き継がれませんが、社長さんのご意向で引き継いでいただけることになり、改めて懐の深さを知り、良い相手を紹介していただいてよかったと思いました。

 後から聞いた話ですが、譲渡した店舗は買手グループの関東エリアで上位の規模になるらしく、他の店舗から目標とされる立場になります。スタッフのスキルは十分高いのでグループの支援を受けながらどんどん成長していってほしいです。

成功のポイントは『自身・自社の分析』

 譲渡から半年経ち、心境はだいぶ落ち着きました。複数店舗のマネジメントという肩の荷が下りて、一人の薬剤師として患者さんにしっかり向き合えるようになりました。
 大切なことはM&Aは目的ではなく手段ということです。多くの営業マンが「M&Aしましょう!」とセールスしてきますが、譲渡したら必ず幸せになるわけではありません。お金が入ってきてもスタッフが全員辞めたら、患者さんにとっても不幸です。
 今回の成功の基礎は、M&Aありきでなくまず自分や会社がどうなりたいか?どうあるべきか?をじっくり時間をかけて検討したことです。その実現手段としてM&Aがあり、M&Aの補助者として仲介会社がいました。だからM&Aを進めながら迷うことはありませんでしたし、契約直前になっても考え直すようなことも無かったです。(皆さんのところに来る営業マンは、仲介会社が儲けるためのM&Aを提案してきていませんか?)

 こういった検討は、元気でちゃんと検討できる状態の時期に一度すべきです。後継者がいる社長さんであっても自身の残りの人生をどう生きるか、など検討要素はいくらでもあります。
「もし、病気になったら」とかマイナスのリスクばかり考えるのではなく、ポジティブなこと(やってみたかったことや好きなこと)を考えるのも心の健康にとって大事なことではないでしょうか。

担当者から一言

大森 隼

ヘルスケアチーム ディレクター 大森 隼 (コンサルタント紹介ページ

 増田社長は調剤業務とマネジメント業務で忙しくされていたため、M&Aのご負担を最小限にすることを意識しました。具体的には『レスポンスを早くすること』『今後起こりうることを予見しアテンドすること』でした。無事、スケジュールどおりに進み、譲渡後に増田社長から「安心して譲渡を進めることができた」と言っていただけて嬉しかったです。

 皆様のところには、いろんなM&A会社から連絡がきて迷われると思いますが、私は売主様が一番大切にされている想いを守れるM&Aコンサルタントでありたいと考えています。そのために、お客様が大切にされているお考え(理念や従業員の継続雇用など)を正確に把握することに努めています。漠然としたM&Aの不安や潜在的なお悩みも含めて解決できるよう、これからも精一杯ご支援させていただきます。