目次
保育園の売却・M&A動向
保育園業界では、主に以下3つの目的による会社・事業の売買が活発に行われています。
同業他社の買収による事業規模の拡大
厚生労働省の試算では、少子高齢化の影響で0〜5歳人口は減少する一方で、女性就業率が上昇することに伴い、保育園(保育所)の利用児童数は2025年まで上昇し、その後2030年までにかけて高い水準をキープする見通しです。[1]
保育園に対するニーズが高まっている一方で、保育士不足によって働き手が不足(くわしくは後述)しているのが現状です。すでに市場自体は成熟していることもあり、地道に保育園の開設や人材確保を行うことは、収支の観点から見て厳しいと考えられます。
こうした事情から、同業他社を買収し、スピーディーかつ効率的に事業規模を拡大していく事例が活発に見受けられます。
M&Aによる保育園業界への新規参入
2000年における保育所認可要件の規制緩和[2]に伴い、保育所認可要件の規制が緩和されたことを皮切りに、保育園事業への参入障壁が低くなりました。また、2006年施行の認定こども園制度[3]や、2016年創設の企業主導型保育事業[4]などにより、国主導によって保育園が提供するサービスの幅が広くなっています。
こうした動きに加えて、前述した保育園市場が拡大する見通しもあり、異業種の大手企業が保育園事業に新規参入するケースも活発となっています。こうした新規参入は、厳しい経営状況に直面している零細〜中小保育園の受け皿としての役割も果たしています。
後継者不足の解決を目的とした法人売却
他の業界と同様に、保育園業界でも経営者の高齢化が問題の1つとなっています。特に地方では、地域住民のニーズに応えるために、高齢の経営者と少数のスタッフによって運営されている社会福祉法人主体の保育園も少なくありません。
こうした保育園の中には、跡継ぎがいないケースも少なくありません。そこで、廃業によってスタッフの雇用や地域住民のニーズに応えられなくなる状況を回避するために、外部の第三者に法人ごと売却し、保育園を存続させようとするケースも活発です。
[2] 保育の歴史とこれから(練馬区)
[3] 平成18年版 文部科学白書 認定こども園について(文部科学省)
[4] 企業主導型保育事業等(こども家庭庁)
保育園の売却・M&A事例10選
保育園の売却・M&A事例を10例解説します。事例により、買収側のニーズ(M&Aの目的)や用いられる売却手法などの理解を深めやすくなります。なお、最初の4例は2024年に行われた(または行われる予定の)事例ですので、最新のM&A動向を把握したい方は必見です。
ITグループに対するTAISETSUの売却
売り手企業の概要
TAISETSU:認可保育園の運営
買い手企業の概要
ITグループ:保育施設の運営、保育コンサルティング
M&Aの実行目的
買い手企業:事業拡大、サービス区分の拡大
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2024年6月(予定)[5] |
M&A手法 | 持分譲渡 |
結果 | TAISETSUがITグループに全持分を売却 |
売却金額 | 2,382万円 |
ミライ創造ホールディングスに対するネクサスホールディングスの売却
売り手企業の概要
ネクサスホールディングス:全国的に保育事業や飲食事業などを展開
買い手企業の概要
ミライ創造ホールディングス:美容やブライダルなどの事業を行う子会社の経営管理
M&Aの実行目的
買い手企業:美容事業とのシナジー創出、地域保育への貢献
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2024年4月[6] |
M&A手法 | 株式譲渡 |
結果 | ネクサスホールディングス株主がミライ創造ホールディングスに全株式を売却 |
売却金額 | 非公表 |
リアリノに対するおうち保育園こうとう台の売却
売り手企業の概要
おうち保育園こうとう台:認定NPO法人フローレンスが運営していた小規模保育園
買い手企業の概要
リアリノ:保育園の運営、保育コンサルティング
M&Aの実行目的
売り手企業:閉園に伴う事業の承継
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2024年4月[7] |
M&A手法 | 事業譲渡 |
結果 | フローレンスがリアリノにおうち保育園こうとう台の事業を売却 |
売却金額 | 非公表 |
SHINKSに対するグローバルキッズCOMPANYの事業・株式売却
売り手企業の概要
グローバルキッズCOMPANY:連結子会社などを介して、東京都にある認証保育園の運営
買い手企業の概要
SHINKS:認可、認証保育園の運営、企業主導型保育園の運営など
M&Aの実行目的
売り手企業: 中長期的に堅調な収支が見込まれる保育園に、経営資源を集中させること
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2024年4月[8] |
M&A手法 | 事業譲渡、株式譲渡 |
結果 | ①連結子会社であるグローバルキッズが運営する東京都認証保育所6施設を、SHINKS-Kに事業売却
②グローバルキッズの100%子会社(T-Kids)の全株式をSHINKSに売却 |
売却金額 | 非公表 |
SHIFTに対するインフィニックの売却
売り手企業の概要
インフィニック:保育園運営、保育コンサルティング
買い手企業の概要
SHIFT:ソフトウェアの品質保証、テスト事業
M&Aの実行目的
買い手企業:売り手企業が有する保育の知見を活かした、従業員の帰属意識および満足度の向上
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2023年10月[9] |
M&A手法 | 株式譲渡 |
結果 | インフィニック株主がSHIFTに全株式を売却 |
売却金額 | 5億6,000万円 |
ダスキンに対するJPホールディングスの売却
売り手企業の概要
JPホールディングス:関東を中心に、全国300を超える子育て支援施設(保育園や学童クラブなど)を展開
買い手企業の概要
ダスキン:清掃・衛生用品のレンタル・販売事業など
M&Aの実行目的
買い手企業:子育て支援領域への新規参入
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2023年11月[10] |
M&A手法 | 株式譲渡 |
結果 | JPホールディングス株主がダスキンに株式の31.7%を売却 |
売却金額 | 約89億3,339万円 |
さくらさくプラスに対する保育のデザイン研究所の売却
売り手企業の概要
保育のデザイン研究所:保育運営、自治体等の保育に関する総合支援など
買い手企業の概要
さくらさくプラス:都内を中心に保育園を86施設(当時)展開
M&Aの実行目的
買い手企業:自社グループの保育士に対して学びの機会を提供すること
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2023年4月[11] |
M&A手法 | 株式譲渡 |
結果 | 保育のデザイン研究所株主がさくらさくプラスに全株式を売却 |
売却金額 | 非公表
※買い手企業における連結純資産(46億5,300万円)の10%未満 |
パワフルケアに対するキムラタンの事業売却
売り手企業の概要
キムラタン:子供服アパレルを主力事業としており、当時は企業主導型保育事業である「キムラタン保育園」も運営
買い手企業の概要
パワフルケア:認可保育園の運営や子育て支援コンサルティング事業など
M&Aの実行目的
売り手企業:主力事業への集中
買い手企業:効率的な保育事業運営の実現
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2023年4月[12] |
M&A手法 | 事業譲渡 |
結果 | キムラタンがパワフルケアに「キムラタン保育園」の事業を売却 |
売却金額 | 非公表 |
グローバルキッズCOMPANYに対する東京建物キッズの売却
売り手企業の概要
東京建物キッズ:東京都および周辺地域を中心とした認可保育園の展開
買い手企業の概要
グローバルキッズCOMPANY:前述(保育事業)
M&Aの実行目的
買い手企業:保育園事業の規模拡大、本社機能の運営効率化
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2023年6月[13] |
M&A手法 | 株式譲渡 |
結果 | 売り手側の親会社がグローバルキッズCOMPANYに対して、保有する東京建物キッズの株式(90%)を売却 |
売却金額 | 3億7,000万円 |
WITHホールディングスに対するアンジェリカの売却
売り手企業の概要
アンジェリカ:食育や英語、絵本にフォーカスした認可保育園を展開
買い手企業の概要
WITHホールディングス:保育施設の運営に関する経営コンサルティング
M&Aの実行目的
買い手企業:売り手企業とのノウハウ共有によるサービスの質向上
M&Aの成約に関する詳細
実行時期 | 2021年10月[14] |
M&A手法 | 株式譲渡 |
結果 | アンジェリカ株主がWITHホールディングスに株式売却(割合は不明) |
売却金額 | 非公表 |
[6] ネクサスホールディングスを完全子会社化(ミライ創造ホールディングス)
[8] 連結子会社における事業譲渡並びに株式譲渡(グローバルキッズ COMPANY)
[12] 保育事業の事業譲渡(キムラタン)
[14] WITHホールディングスによるアンジェリカの株式取得(ティーキャピタルパートナーズ)
保育園業界の概要
この章では、保育園の定義や幼稚園との違い、運営主体を簡単におさらいします。
保育園(保育所)とは
保育園(保育所)とは、保育を必要とする乳児や幼児を、日々保護者から通わせて保育を行うことを目的としている施設です(児童福祉法第39条)[15]。法律上で定められている保育園としては、主に下記の5種類があります。
認可保育園
認可保育園とは、児童福祉施設最低基準(保育士数や施設面積などを定めた基準)を満たしていることを、都道府県などの自治体から確認されている保育園であり、自治体から公費を受けて運営されています[16]。
0歳から小学校入学前までの子どもが通い、利用定員は20人以上とされています[17]。
認可外保育園
認可外保育園とは、子どもを保育する施設のうち、認可保育園でないところの総称です[16]。その種類は多様であり、設備や運営主体などは園によって異なります。児童福祉法に基づいた認可は受けていないものの、都道府県などの自治体によって施設の環境が指導・監督されています[18]。
自治体の中には、各自治体が独自の基準を設けて、それを満たした認可外保育園を「認証保育園」とみなし、助成しているところもあります[19]。
企業主導型保育園
企業主導型保育園とは、2016年度に創設された「企業主導型保育事業」の対象となる保育園を指します[20]。この制度は、待機児童対策への貢献を図りつつ、従業員の多様な働き方に応じた保育の提供を図る企業を支援する目的で創設されました。
複数企業が共同で設置できる点や、働き方に応じた柔軟な保育サービス(週2日のみ利用など)を提供できる点が特徴です。分類としては認可外保育園に該当するものの、運営費や整備費に関して認可保育園並みの助成金を受けられる点がメリットです[20]。
小規模保育園
小規模保育園とは、児童福祉法第6条の規定に基づき、満3歳未満である子どもの保育を目的とし、利用定員が6人〜19人の小規模な施設です[21]。
認定こども園
認定こども園とは、教育と保育を一体的に行う施設であり、幼稚園と保育所の良さを融合させている点が特徴です。内閣総理大臣および文部科学大臣が定めた基準などを満たすことで、認定を受けることができます[22]。
保育園と幼稚園の違い
保育園と幼稚園は、子どもを預かる施設という点では共通しています。しかし、その運営目的に違いがあります。
前述のとおり保育園は、乳児や幼児の「保育(子どもが快適かつ安全に過ごせるように養護すること)」を目的としています。一方で幼稚園は、3歳以上の幼児に対して幼児教育を行うことを主な目的としています[23]。言い換えると、保育園と比べて幼稚園は、小学校への進学に向けて教育を施すことに重点を置いていると言えます。
保育園の運営主体
みずほ情報総研の「私立保育所の運営実態等に関する調査」によると、認可保育所に関する運営主体のうち、社会福祉法人が占める割合は86.2%であり、8種類ある運営主体の中で最大の割合を占めています[24]。また、認定こども園に関しても社会福祉法人の割合が最も大きいです(59.3%)。
一方で、小規模保育事業所(小規模保育園)に関しては、株式会社が38.4%と最も大きな割合となっています。
全体を通じて見ると、学校法人や社団法人、NPO法人、個人事業主など、各々が占める割合は小さいながらも、多様な法人が保育園を運営しています。
[15] 児童福祉法(e-Gov)
[17] 保育所123(厚生労働省)
[19] 認可保育所と認証保育所の違い(福ナビ)
[20] 企業主導型保育事業等(こども家庭庁)
[22] 認定こども園概要(こども家庭庁)
[23] 幼稚園教育要領と保育所保育指針の関係(文部科学省)
保育園業界の動向
次に、保育園の市場規模と課題を解説します。
保育園業界の市場規模
経済構造実態調査および経済センサスによると、2018年〜2022年における保育園(保育所)の市場規模は以下のとおり拡大傾向となっています[24][25]。
- 2022年分のみ一次集計(速報値)データ、それ以外は二次集計のデータ
- 2020年分は「経済センサス-活動調査」のデータ
保育園業界の課題
保育園業界では、保育士不足が大きな課題となっています。こども家庭庁の資料によると、2022年10月時点における保育士の有効求人倍率は2.49倍であり、全職種平均の1.35倍を大幅に上回っています[26]。一般的に、有効求人倍率が高いほど需要が供給を上回っていることを表すため、働き手が不足していると言えます。
また、中長期的には出生数の減少に伴い、保育園自体の市場規模が縮小することも課題になり得ます。
以上より、短期的には長時間労働の是正や待遇改善などの施策による人材確保、中長期的には利用者ニーズに即した競合保育園との差別化などに取り組む重要性が高いと言えるでしょう。
[24] 経済構造実態調査(e-Stat)
[25] 経済センサス‐活動調査(e-Stat)
[26] 保育士の有効求人倍率の推移(全国)(こども家庭庁)
保育園業界の売却価格・相場
保育園の売却価格や相場、バリュエーションの方法、価格に影響を与える要素を解説します。
社会福祉法人による売却では無対価のケースが多い
社会福祉法人には「持分」という概念がないため、合併では無対価となります[27]。また、みずほ情報総研が行なったアンケート調査によると、社会福祉法人による事業譲渡のうち50%(譲受の場合は78.4%)が無償によって行われているとのことです[28]。
前述のとおり、保育園における運営主体の多くは社会福祉法人であることから、社会福祉法人における保育園の売却は基本的に無償で実施されると言えます。
対価が発生するケースの相場とバリュエーション
保育園の運営主体が株式会社の場合、一般的なM&Aと同様に、バリュエーション(企業価値評価)の結果や後述する要素をもとに、交渉で売却価格が決定されます。また、対価が発生する場合であれば、社会福祉法人による事業譲渡でも同様のプロセスで価格算定されることが一般的です。
バリュエーションの方法としては、主に以下の手法が活用されています。
バリュエーションの方法 | 概要 |
DCF法(インカムアプローチ) | 売り手企業が将来生み出すキャッシュフローの現在価値を基準にする |
マルチプル法(マーケットアプローチ) | 売り手企業と事業内容が類似している上場企業の指標(EBITDAなど)を基準にする |
時価純資産法(コストアプローチ) | 売り手企業の時価純資産を基準にする |
バリュエーションの精度としては、DCF法やマルチプル法が秀でていますが、ファイナンスの専門的な知識が必要です。そのため、中小規模の保育園(法人)の場合には、時価純資産法と営業権の考え方を組み合わせた「年買法」によって、簡易的な相場を見積もることが一般的です。
年買法では、以下の計算式で相場を計算します。
- 相場 = 時価純資産 + 2〜5年分の営業利益(営業権)
時価純資産が1,000万円、営業利益が1,000万円の場合、相場は以下のとおり算出されます。
- 相場 = 1,000万円 + 1,000万円 × 2〜5 = 3,000万円〜6,000万円
簡単に算出できるものの、ファイナンス理論に基づいた方法ではないため、あくまで参考程度として用いることが重要です。
保育園の売却価格に影響を与える要素
保育園の売却では、バリュエーションの結果以外にも、以下の要素が価格決定に影響を及ぼします。
- 立地
- 規模(定員数)
- 運営主体
- その他の強み(サービス面の特徴や保育士数など)
[27] 合併・事業譲渡等マニュアル(厚生労働省)
[28] 社会福祉法人の事業拡大等に関する調査研究事業報告書(みずほ情報総研)
社会福祉法人による保育園の売却に関する概要
社会福祉法人が保育園を売却する際に知っておくと役立つ知識を解説します。
社会福祉法人による売却手法
社会福祉法人では、基本的に以下3つの売却手法を活用できます。
各手法の概要は以下のとおりです。
手法 | 概要 |
理事等の交代 | 理事や評議員の交代などにより、経営権を買い手に承継 |
合併 | 社会福祉法人同士の合併で1つの法人に統合 |
事業譲渡 | 保育園の事業のみを買い手企業に売却(譲渡) |
社会福祉法人による保育園売却の注意点
社会福祉法人が保育園を売却する際には、以下の点に注意が必要です。
注意点 | 詳細 |
法人外への利益流出は禁止されている | 相場よりも低い価格での売却や、合併時に相手方に金銭を支払うことは認められない |
理事長等による利益の享受が問題視されるリスクがある | 売り手側の旧理事長などが、高額な退職金を受け取ったり、法人の財産を無償または低い価格で受け取ったりすると問題になり得る |
保育園を売却するメリット
保育園の売却では、主に以下のメリットを期待できます。
メリット | 概要 |
売却益の獲得 | 獲得した利益を、リタイア後の生活や主力事業などに使える |
廃業の回避 | 従業員の雇用を維持したり、利用者に迷惑をかけたりせずに済む |
事業承継の実現 | 跡継ぎが不在でも事業を残せる |
大手グループへの傘下入り | 経営再建や事業の成長性向上を見込める |
保育園を売却する流れ
保育園の売却は、一般的に以下図の流れで実施されます。
保育園売却のまとめ
ニーズの増大や保育士不足の影響により、保育園の買収が活発に行われています。そのため、跡継ぎ不在や経営の先行き不安を抱えている経営者の方にとって、保育園の売却は有力な選択肢の1つとなり得ます。
また、中長期的には少子化に伴う市場の縮小も予想されるため、大手グループの傘下入りを目的に、戦略的に法人の売却を図るのも良いと考えられるでしょう。
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