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マルチプル法とは
業種、企業規模等の類似する上場会社の一定の財務数値に対する企業価値の倍率を測定し、評価対象会社(売手企業)の財務数値に当該倍率を乗じることで企業価値を算定する方法です。上場会社、未上場会社のM&Aにおいて利用されている方法です。
なお、未上場の中小企業・小規模企業のM&Aの株価算定においては、会社規模(売上高)
が小さい、ニッチ業種であるなどの理由により、上場会社の中から類似会社を選定すること
が難しい場合があります。
マルチプル法による株式価値(株価)の算定の流れは、以下の1から4のようになります。
1.評価対象会社(売手企業)と業種等が類似する上場会社をピックアップします。
2.上記1のマルチプル(=倍率)を算出します。
例)株式価値が100億円、純有利子負債が20億円、EBITDAが40億円の場合
EV÷EBITDA
=(100億円+20億円)÷40億円=3倍
EV(企業価値)=株式価値+純有利子負債 (注)
EBITDA(利払い前・税引前・減価償却費・償却費前の利益)
(注)純有利子負債(Net debt)=有利子負債−現金預金
3.売手企業のEBITDAを算出します。
中小企業のM&Aでは、簡便的に修正後営業利益に減価償却費を加算した金額を、EBITDAとします。
例)営業利益は1億円、減価償却費は500万円とすると、
EBITDA=1億円+500万円=1億500万円
4.株式価値(株価)を算出します。
1)EV(企業価値)= 売手企業のEBITDA(3)×類似会社のマルチプル(2)
EV=1億500万円×3倍=3億1,500万円
2)株式価値(株価)=上記1)EV(企業価値)‐純有利子負債(5,000万円)
株価=3億1,500万円‐5,000万円=2億6,500万円
(参考) マルチプル法の倍率の考え方
マルチプル法で用いる倍率は、対象企業が属している業界の上場企業のEBITDA倍率を参考にします。倍率は業界によって異なりますが、一般に平均6~8倍と言われています。
ただし、業種によって一定程度の差がある場合があります。例えばBSが小さいサービス業やIt企業(設備等の資産が少ない)と、BSの大きい製造業など(設備等の資産が大きい)とを比べると倍率が異なります。
次の表は、日本の上場企業を対象にして2020年度実績をベースに東証33業種に分類した業種別倍率を示しています。併せて、PBR倍率(注1)、PER倍率(注2)、EBIT倍率(注3)も算出も表示されています。
(注1)PBR倍率(price book-value ratio)
株価が一株当たりの純資産の何倍あるかを示す指標。
PBR=株価÷1株当たり純資産額
(注2)PER倍率(price earnings ratio)
株価がEPS(1株当たり利益)の何倍あるかを示す指標。
PER=株価÷EPS(1株当たり利益)※
※EPS=税引後当期利益÷発行済み株式数
(注3)EBIT倍率(Earnings Before Interest and Taxes)
EBIT(利息及び税金控除前利益)は、税引前当期純利益もしくは経常利益にすでに引かれている支払利息を足し戻し、すでに加えられている受取利息分を引き戻して求める。
EBIT=税引前当期純利益+支払利息-受取利息
EBIT=経常利益+支払利息-受取利
出所:プルータスHPより
次に、実際の会社売却の相談において、修正純資産法とマルチプル法を用いて株価を算定し、2つの算定結果について考えてみることにします。
(設例1)赤字、借入過多の会社の場合
買収対象会社の財務内容:
B/S:修正純資産(時価)2,000万円
現預金500万円、銀行借入金4,500万円
役員借入金1,500万円(売手企業の社長から借り入れ)
P/L:営業損失▲300万円<0、減価償却費 500万円
修正純資産法による株価算定:
修正純資産(時価)+修正営業利益3年分と仮定します。
株価=修正純資産+修正営業利益3年分
=2,000万円+0万円
=2,000万円
マルチプル法による株価算定:
EBITDAは、営業損失+減価償却費より200万円となります。
企業価値は、EBITDAの5年分と仮定した場合、企業価値は1,000万円となります。
銀行借入金4500万円から現預金500万円を差し引くと、純有利子負債は4,000万円となります。
よって、企業価値1,000万円から純有利子負債4,000万円を差し引くと▲3,000万円になるので、株式価値は0円となります。
B/Sの内容は資産超過(過去の内部留保あり)ですが、赤字(営業損失)で純有利子負債
が大きい会社の場合、2つの株価算定法による結果は、
修正純資産法(2,000万円) > マルチプル法(0万円)
となります。
設例1の会社は、過去の利益の蓄積によって資産超過ですが、業績不振のため営業損失が発生している場合に該当します。
そのため、修正純資産法では株価がプラスになりますが、マルチプル法では株価が付かないことになります。
(設例2) 内部留保が厚い無借金、低収益の会社
買収対象会社の財務内容(概要):
B/S:修正純資産(時価)12,000万円 (含み益がある土地を保有)
現預金1,000万円
借入金なし(無借金)
P/L:営業利益400万円、減価償却費200万円
修正営業利益=400万円
修正純資産法による株価算定:
修正純資産(時価)+修正営業利益3年分とします。
株価=修正純資産+修正営業利益3年分
=12,000万円+1,200万円
=13,200万円
マルチプル法による株価算定:
EBITDAは、営業利益+減価償却費より600万円となります。
企業価値は、EBITDAの5年分と仮定した場合、企業価値は3,000万円となります。
銀行借入金はなし、現預金1000万円より、株価は4,000万円となります。
B/Sの内容は良い(過去の内部留保が厚く、現預金が多く、無借金)が、収益力(営業利益)が低い会社の場合、2つの株価算定法による結果は、
修正純資産法(13,200万円)>マルチプル法(4,000万円)
となります。
設例2の会社は、過大な含み益がある土地を保有するため時価純資産額が大きい反面、
収益力が低い場合に該当します。
例えば、社歴の長い製造業で安価で工場用土地を購入した場合があります。
この場合、修正純資産法による株価が、マルチプル法による株価よりも大きくなります。
設例1、設例2の算定結果を見ると、評価対象会社(売手企業)の財務内容(B/S、P/L)によって、修正純資産法とマルチプル法の算定結果が異なることが分かります。
修正純資産法とマルチプル法の違いとして、株価算定における時間軸を挙げることができます。
修正純資産法は、貸借対照表の内部留保(過去に蓄積した利益)をベースに株価を算定する方法と言うことができます。
一方、マルチプル法は、損益計算書の営業利益(現在の利益)をベースに株価を算定する方法と言うことができます。
考慮すべき事項
評価対象会社(売手企業)が、企業のライフサイクル(イメージ図)において、創業期、成長期、成熟期、衰退期のいずれの段階に該当するかを判断します。
併せて、評価対象会社の継続性の疑義の有無、知的財産等に基づく超過収益力に依存する収益構造であるか、類似上場会社のない新規ビジネス、或いはニッチ業種に該当するかなどを判断する必要があります。
企業のライフサイクル(イメージ図)
以上の考慮すべき事項を確認した後、評価対象会社(売手企業)に適切な株価(株式価値)の算定方法を選択します。複数の算定方法を選択できる場合は、それぞれの算定方法の結果を比較検討するのがよいでしょう。
株価(株式価値)の算定方法の選択
〇:採用が適していると考えられる △:場合によっては採用することが想定される
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