「優先株」を活用したスモールM&Aによる「擬似年金」スキーム

目次 [ ]

「優先株」を活用したスモールM&Aによる「擬似年金」スキーム

今回は、中小企業の経営者が「事業承継型M&A」をスムースに行う手法として、「議決権を持たない優先株」を使って、老後の備えとして「配当」で「擬似年金」を受け取り、引退後も安定した生活を送るアイデアを解説したいと思います。

型コロナウィルスの感染拡大による経済への打撃が深刻です。

 

政府も、中小企業だけでなく、大企業と中堅企業を救済する新たな制度作りを行おうとしています。

 

その施策の一つが、日本政策投資銀行による「劣後ローン」や「議決権を持たない優先株」を使った資本支援です。

 

企業が利用しやすい制度をあらかじめ設け、苦境に陥った企業を素早く支援できるようにするのが目的です。

 

劣後ローンとは?

 

「劣後ローン」というのは、企業が破綻した場合などに、銀行が債権回収できる順番が、普通の融資よりも後回しになる(=劣後)ローンのことです。

劣後ローンによる資金調達は資本の増強に近い性格を持つため、政府系金融機関などから劣後ローンで資金調達をすると企業の財務の健全性が高まり、通常の融資を受けやすくなる利点があります。

 

議決権を持たない優先株とは?

 

「議決権を持たない優先株」は、一般的に発行される「普通株式」とは異なり、「種類株式」と呼ばれる株式の一つです。

 

「普通株式」は株主総会で、「1株当たり1議決権」がありますが、「議決権を持たない株」と呼ばれるのは「議決権制限株式」という種類株式で、「議決権がない・議決権が制限される」株式のことです。

 

また「優先株」というのは、「普通株式」よりも「優先して配当がもらえる株式」=「配当優先株式」という種類株式です。

 

つまり、「議決権を持たない優先株」とは「株主総会で議決権を持たない」けれど「配当が出る場合は、普通の株式よりも優先してもらえる」株式のことです。

 

日本では、1990年代の不良債権による金融危機の際に、公的資金投入の手段として使われました。

 

社長引退後も疑似年金を受け取る方法

 今回は、この「議決権を持たない優先株」を使って、中小企業の経営者が「事業承継」をスムースに行い、老後の備えとして「配当」で「擬似年金」を受け取り、引退後も安定した生活を送るアイデアをご説明したいと思います。

 

事業承継が進まない理由には、様々な要因が考えられます。

 

「後継者がいない」ことや、経営者に事業を継続する意思がなく、「自分の代で会社を畳む」というケースも多く見受けられます。

 

同時に、公的制度で中小企業経営者向けに「社長のための年金」である「小規模事業者共済」がありますが、加入している経営者はあまり多くはなく、老後資金は「国民年金」だけなので、生活のために事業を継続せざるを得ない経営者も多くいるように思えます。

 

一方で、経済環境が悪化している中でも「事業を拡大したい」「新たに事業をスタートさせたい」と考える人達(買い手)も存在します。

 

「売り手」と「買い手」の双方のニーズをマッチングさせる機関や仕組みが整備されていないせいもありますが、売り手側、買い手側の双方にメリットがあり、満足できる仕組みも必要です。

 

その一つの策として、「議決権のない配当優先株式」を使ったM&Aで事業を譲渡します。

後継者が会社の経営を順調に伸ばすことで、四半期配当や半期配当という「擬似年金」を受取り、元経営者が事業承継により安心して老後を送れるスキームを説明したいと思います。

 

「擬似年金」としての「配当優先株式」による事業承継とは、簡単にいうと中小企業の経営者がスモールM&Aによって会社を譲渡する際、「議決権のない優先株式」の株主として残り、後継者の事業がうまくいけば配当を貰う=「疑似年金」をもらえるという仕組みです。

 

同時に、株式には「財産権」と「経営権(議決権)」いう二つの性格がありますので、この「所有」と「経営」の二つを分離しようというアイデアでもあります。

9つの種類株式

まずは、日本で発行が認められている9つの「種類株式」について説明したいと思います。

 

種類株式とは?

 

①  配当優先(劣後)株式

(内容)

普通株式より優先(劣後)されて配当を受け取ることが出来る株式

 

(利用方法)

「議決権制限株式」組合せることで会社の経営に関心のない投資家から資金調達ができる

 

 

② 残余財産分配優先(劣後)株式

(内容)

会社が解散するときの残余普通株式よりも優先的(劣後的)に受け取ることが出来る株式

 

(利用方法)

投資家にとり、普通株式よりも有利に残余財産を受け取ることが出来るので、資金調達を行いやすい

 

 

③ 議決権制限株式

(内容)

株主総会で議決権の行使が制限される株式

 

(利用方法)

議決権を制限する株式を発行することで財産権と経営権の分離ができる

 

 

④  譲渡制限株式

(内容)

株主が株式を譲渡する時に、会社の承認が必要とされる株式

 

(利用方法)

譲渡制限をつけることで、会社の意図しないものが株主となることを防ぐ

 

 

⑤  取得請求権付株式

(内容)

株主が株式を会社に取得させる(買取らせる)権利がある株式

 

(利用方法)

取得請求権をつけることで、未上場会社であっても株主にとって換金性が高まり、資金調達を行いやすくなる

 

 

⑥ 取得条項付株式

(内容)

会社が株主から株式を取得できる権利が与えられた株式

 

(利用方法)

会社が株主から株式を取得できる権利があるので、株式の種類を転換できる(例えば配当優先株式を普通株式に転換する)

 

 

⑦ 全部取得条項付株式

(内容)

会社がこの種類の株式について全ての株主から全株を取得できる権利が与えられた株式

 

(利用方法)

株主総会の特別決議(議決権の3分の2以上)により全株式の取得が可能なので、100%減資を行うことが出来る

 

 

⑧ 拒否権付株式(黄金株)

(内容)

あらかじめ定められた事項について株主総会の議決の他に、この種類の株式の株主による「種類株主総会」の議決が必要とされる株式

 

(利用方法)

経営を後継者に譲った後でも、この株式を所有することで意思決定に関与できる

 

 

⑨ 役員選解任権付株式

(内容)

取締役、または監査役を選任・解任できる権利が与えられた株式

※非公開会社で委員設置会社でないことが発行条件

 

(利用方法)

役員選任・解任の権利があるので意図した人を役員に選任しやすくなる

 

 

実際の運用は単独の種類株式を発行するのではなく、この9つの「種類株式」を組合せ、会社の置かれている状況に応じて、経営者と株主双方にメリットがあるようにいろいろと設計・工夫することができます。

 

 

 

「議決権のない優先配当株式」による「疑似年金」は、上述の① 配当優先(劣後)株式と③ 議決権制限株式を組み合わせたものです。

 

理解しやすいように、次のケーススタディで事例をあげて考えたいと思います。

【ケーススタディー】疑似年金スキームによるM&A

登場人物

K氏  : 30年前に創業した機械メーカーH社を経営し株式の90%を補修している

K氏の母: H社の株式10%保有している

D氏  : 機械メーカーH社の事業を引き継ぎたい後継者

K氏が30年前に創業した機械メーカーH社は、資本金1千万円、発行済株数200株(額面5万円)。

 

税理士に企業価値を資産してもらったところ1億5千万円です。

 

現在の株主構成はK氏が180株、K氏の母親が20株。

 

K氏には妹がおり、母親が亡くなった場合、法定相続権があります。

 

K氏は高齢となり、数年後には引退を考えているが、国民年金しか受給できず、できれば引退後に収入を得たいと考えています。

 

以前より同業種の経営者のD氏から会社譲渡をして欲しいという申し出があるが、D氏には十分な資金がありません。

どのようにしたらスムースな事業承継ができるか関係者で相談しています。

 

 

この場合、種類株式を使えば、次のようなスモールM&Aによる事業承継が考えられます。

 

 

解決案(一例)

 

まずは、ポイントを整理したいと思います。

 

 ①  株式会社の「株式」の承継

承継者のD氏が「経営権」を持つことが必要です。

 

一般的には「経営権」を確保するためには、株主総会で取締役の選出などをする「普通決議」だけでなく、事業譲渡や重要資産の売却が可能な「特別決議」ができるようになるのが望まれます。

 

そのためには、D氏が株式(=議決権)の「3分の2以上」を持つことが必要です。

 

②  D氏の懐事情

D氏が株式の「3分の2」を買える資金があればいいのですが(=企業価値が1.5億円ですから単純計算すると1億円)、あいにく、D氏にはすぐに調達できるキャッシュがありません。

 

K氏が、「3分の2超」の株式を譲渡して一時金をもらうよりも、K氏が(愛着のある)自分が経営した会社から老後資金を安定・継続して貰いたいと考えた場合を想定しています。

 

D氏が複数いる買い手候補の中で、資金はないが

 

1) 一番経営能力があると判断した場合

2) 長年の取引先や仕事仲間であった場合

 

などに、この手法を検討するとよいでしょう。

その他、買い手候補が、後継者候補の自社の従業員であった場合でも検討可能です。

 

③  妹の相続問題

K氏の妹には「法定相続権」があり、母親が亡くなった場合は母親の財産であるH社の株式を相続できる権利があります。

 

④  K氏の老後資金

K氏は引退後も国民年金に加え、できれば安定した収入を得たいと考えています。

 

疑似年金スキームによるM&Aのすすめかた

 

上の①~④を踏まえて、「種類株式」を使うと、次のような解決策が提案できます。

 

(1)種類株式発行会社にする

種類株式を発行するためには、定款に定めの無い場合、株主総会特別決議による定款変更が必要です。

 

株主総会の特別決議が必要ですが、総発行済み株式200(現経営者K氏 180株 K氏の母親 20株)で、現経営者のK氏が議決権の3分の2以上所有しているので、K氏のみで特別決議可能による変更が可能です。

 

 

(2)「普通株」と「議決権を持たない配当優先株式」を発行・転換

「普通株式」には議決権がありますので、D氏の調達可能な資金に応じて「普通株式」をD氏に譲渡し、それ以外の普通株式を議決権のない優先株式に転換します。

これによりD氏は経営権を持てることになります。

一番極端な例を挙げれば、K氏が自分の持ち株(普通株)のうち1株を D氏に譲ればよく、株主構成は以下のとおりになります。

 

D氏   :「普通株を1株」(議決権有り)

K 氏     :「議決権のない優先株179株」

K氏の母親:「議決権のない優先株20株」

 

ということになり、「議決権を持たない優先株」をK氏とK氏の母親に割り当てることになります(議決権を持つのはD氏だけになる)。

 

なお、実際のケースでは税理士や税務署に確認が必要となります。

理屈では、時価総額が1.5億円で発行済み株式が200株(1株当たり750,000円)となり、D氏は75万円の普通株式1株で100%の議決権を保有できます。

 

これにより、D氏の経営手腕次第でK氏は引退後も配当を受取ることができ、K氏の妹の相続問題についても母親の株式を譲渡することで一義的にはクリアになります。

 

D氏の経営手腕にもよりますが、原資がある限り、配当の回数に制限はありませんので、半期配当や四半期配当などと定めておけば、会社の業績が順調であれば、K氏は引退後も自分が経営していた会社から「年金」的な配当収入を得ることが理論上は可能となります。

 

ただし、D氏が議決権100%持てば配当する・しないは D氏が決定できますので、例えば、ある一定期間、K 氏が「拒否権付株式」を持つことで経営をモニタリングすることも可能なはずです。

 

なお、将来的に、K氏の保有する株式は、K氏の親族が相続することもできますし、種類株式で条件を付けておけば、新経営者のD氏、もしくはH社が買い取るとこも考えられます。

MBOでもEBOでも活用できる疑似年金スキーム

今回は、単純化した事例で説明しましたが、「種類株式」を使ったM&Aの手法を使えば「MBO(MANAGEMENT BUY-OUT=会社役員による買収)」や「EBO(EMPLOYEE  BUY-OUT=従業員による買収)」も実現可能です。

 

また、権利・義務関係を明らかにする意味からも、個人事業を株式会社化(法人なり)し、第三者に譲渡する方法も考えられます。

 

これは、後継者がいない人気飲食店などの事業承継にも使えるのではないでしょうか。

 

中小企業の経営者には「大株主」であり「最高経営責任者(CEO)」の二つの側面があります。

 

事業承継にあたっては、現経営者の意思の尊重や精神的・経済的な満足が必要です。

 

それを満たす手段としても「種類株式」による事業承継は有効だと思われます。

 

ただし「種類株式」を使った事業承継は事例が少なく、法整備や税務上の取り扱いがはっきりしておらず、税金の問題も密接に関連するので、実際の発行には、利害関係者とよく話し合い、M&A仲介会社や専門家のアドバイスを受けることをおすすめします。

株式会社経営承継支援は、一社でも多くの企業を廃業危機から救うため、全ての企業様のご相談をお受け致しております。
M&A(株式譲渡、事業譲渡等)に関して着手金無料でご相談可能ですので、お気軽にお問合せくださいませ。

無料お問い合せ【秘密厳守】
この記事をシェアする
この記事のタグ:
執筆
NO IMAGE
伊村 睦男

近江大坂屋(天明4年・1784年創業)代表 神戸大学経営学部(証券市場論専攻)卒業 学生時代「東淀川ラグビースクール」を創設、三菱電機の学生ブレインとして活動した。 卒業後、三菱商事(株)水産部でサーモン事業の投融資に従事。業界では「天然アラスカサーモンを知る最後の商社マン」として知られ、ノルウェーやチリ産のサーモン寿司を日本に普及させた。 その後、ベンチャー企業役員、米国・穀物メジャーのセールスマネージャー、世界最大のメディカル&セキュリティーアシスタンス会社のビジネスディベロップメントマネージャー、コミュニティビジネスNPO法人等に勤務後、経営コンサルタントとして独立。 コンサルタントとして20年間活動しており、中小企業対策関連制度を活用したM&A による事業承継や、一般企業のアグリビジネス進出、ベンチャー企業の支援、フードツーリズムによる地域活性化、マスコミ関係の社外ブレイン等を務める。 国内外に幅広いネットワークを持ち、創業当初の楽天市場の出店者向けの講師を務めるなどネットビジネスにも精通しており、クライアントは大手企業から小規模事業者と多岐にわたる。社会貢献度の高いビジネスのサポートを得意としており、モットーは「cool head but warm heart」 経済産業省・認定支援機関、中小企業診断士、6次産業化プランナー、コミュニティビジネス・コーディネーター、関西SDGsプラットフォーム正会員

新着記事

1分で会社を簡単査定