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「属人的株式」による事業承継
これまで数回に分けて「種類株式」を使った事業承継について説明してきました。「配当優先株」や「黄金株」(=拒否権付株式)など一度は耳にしたことがあるかもしれませんが、これらは種類株式の一種です。
この「種類株式」によく似た形で事業承継に使えるのが「属人的株式」(VIP株式)です。
今回は、この「属人的株式」を活用した事業承継について解説したいと思います。
属人的株式(VIP株式)とは?
日本の中小企業の多くは「公開会社でない株式会社」(=「非公開会社」)(注1)です。この「非公開会社」の場合、会社法第109条2項により「属人的株式」を発行することが認められています。
この「属人的株式」とは、「持ち株数にかかわらず、株主ごとに異なる取扱いができる株式」のことをいい、次の3つの権利について設定できます。
1.剰余金の配当を受ける権利
2.残余財産の分配を受ける権利
3.株主総会における議決権
ただし、剰余金の配当権・残余財産分配権を全く与えない旨を定めることはできません。
例えば、「株主Aさんに対する配当は〇〇、議決権等はXX」、「株主Bさんに対する配当は◎◎、議決権は△△」、というように特定の株主に対して、その持株数に関係なく、剰余金の配当、残余財産の分配、議決権を定めることができます。
このように特定の権利内容について異なる取扱いを、株式を所有する人に属した権利(=属人的)として定めることから、「属人的株式」と呼ばれています。また、この株式を持っていれば他の株式より権利内容が勝るため「VIP株式」と呼ぶ専門家もいます。
(注1)「公開会社」と「非公開会社」
「公開会社」
定款で株式を自由に譲渡できると定めている株式会社
「非公開会社」
定款ですべての株式を譲渡制限してる株式会社
上場していなければ、全種類の株式に譲渡制限をつけるの一般的で「非公開会社」に該当します。
「属人的株式」制定の背景
株式会社は、株主を「保有する株式の内容及び数に応じて、平等に取り扱わなければならない」と定められています。いわゆる「株主平等の原則」ですが、「属人的株式」はこの「株主平等の原則の例外」ということになります。
では、なぜこのような例外的な「属人的株式」が誕生したのでしょう。
これは「会社法」が「有限会社法」を廃止して、有限会社を株式会社に統合したため、有限会社法が規定していた「社員平等原則の特則」(=「属人的株式」の考え方)を定める必要が生じたためと言われています。
日本の中小の株式会社はその大多数が「非公開会社」です。そのため、株主の変動がほとんどなく、むしろ「合同会社」などの持分会社に近いといえます。そのため、中小企業に「株主平等の原則」をそのまま当てはめることが妥当でない場合もあります。
つまり、「有限会社法」を吸収した形で生まれた「会社法」では、 旧有限会社では元々認められていた「属人的株式」を、非公開会社に限って「株主ごとに」議決権等に異なる取り扱いができると定められたのです。
属人的株式と種類株式
属人的株式と種類株式の相違点としては、「種類株式」は登記する必要がありますが、「属人的株式」は定款で定めるのみで登記を必要としないという点が挙げられます。
つまり、会社の履歴事項全部証明書に記載されないので、第三者が登記簿を見ても「属人的株式」を発行しているか分からない、というメリットがあります。
また、種類株式は、「株式自体」に特徴があるので、誰が保有していても権利内容に変化はありません。一方、属人的株式は、その「株主特有」の特徴になります。
つまり、「属人的株式」は、「株主」に着目したものであって、「株式」に着目したものではないため「種類株式」には該当しませんが、実質は「種類株式」と同じといえます。
属人的株式による事業承継活用方法
「株式」には「財産権(価値)」と「経営権(議決権)」の二つの権利があります。「財産価値」と「経営権」の移転を両立させる方法として「属人的株式」を活用すると、「財産価値」と「経営権」を後継者にスムースに移転することができます。
ここでは経営権の移転を重視した事業承継の方法を考えていきたいと思います。
「種類株式」では、アメリカでは一般的な、一株が複数の議決権を持つ「複数議決権付株式」の発行は認められていません。しかし、この「属人的株式」を活用することにより「複数議決権付株式」と同様の効果をもたらすことができます。
今後、事業承継等を経て世代交代が進む中で、株式が分散していくケースも少なくありません。
現在はオーナー経営者により株式の大半が所有されている場合でも、現オーナーに相続が発生すれば、相続人の間で株式の分散が進み、結果として次世代の経営者が経営権を確保することが困難になることがあります。
そこで、相続後に後継者の所有株式数が少なくなったとしても、株数に関わらず議決権を確保できる方法として、属人的株式の活用が考えられます。
具体的には、代表取締役社長の所有株式については、他の株主が所有する株式とは別に「1株につき100個の議決権を有する」という「属人的株式」を発行するという内容の定款変更を行います。
そうすると「1株 が100株に相当する議決権」をもつことになり、社長は他の株主の100倍の議決権を持つことができます。
つまり、これにより、相続が発生し、相続人の間で株式が分散することがあったとしても、後継者の社長が「属人的株式」を保有していれば、1株につき100倍の議決権があるので経営権の確保が可能となります。
簡単な例を挙げると以下となります。
代表取締役A社長は、株式の総発行株式50株すべて所有しています。ゆくゆくは、息子であるB専務に会社を継がせたいと考えており、代表者をB専務に変更しようとしています。
株式の1株当たりの評価額(税務上)は10万円とした場合、B専務を代表者に変更するのと同時に、会社の議決権もB専務に譲る必要があり、株式譲渡をしなければなりません。
しかし、生前の株式譲渡は贈与税の課税対象となるので、贈与税がかからないようにするためには、1年間で10株ほどしかB専務に譲渡できません。
このため、現状のままではB専務に議決権を集中させるまでには大変時間がかかってしまいます。
解決策として、属人的株式を使い「当会社の代表取締役である株主の議決権は、1株につき15個を有するものとする」と定款に定めます。
こうすると、B専務(=新代表)が最初の10株の譲渡を受けた時点で、議決権はA社長(前代表)が40株=40議決権、B専務(=新代表)は10株=150議決権となり、新代表のBは全体の3分の2以上の議決権を有することとなるので、会社の意思決定を多くを単独で決定できます。
これを応用して、
・経営者が経営権を維持し、後継者へ財産価値を完全に移転
・相続人に株を平等分配するが、後継者に経営権を集約
・経営者が経営権を維持し、第三者に株式移転
のような場合なども、属人的株式を利用することで、通常よりも事業承継をすばやく行うことができる場面は多いと思われます。
属人的株式活用の注意点
属人的株式は、「特定の株主に対して特別な権利」を認める株式であるため、その特定の株主が亡くなるなどした場合は、普通株に戻ってしまいます。
そのため、経営状況などに合わせて適宜定款を見直すなどの対応が必要になってきます。また、属人的株式は、一部の株主に対して不平等な権利を与える可能性があるため、その他の株主の反発を受けることもあります。
属人的株式により、会社の議決権の過半数を社長が保有している状況で、病気などにより社長の判断能力が失われた場合には、株主総会での決議ができなくなってしまいます。
経営に支障をきたす場合も想定されますので、事前に、後継者の所有する株式について、社長の判断能力が失われた場合には、後継者が保有する株式の議決権を3倍にする(後継者の議決権が過半数となるよう)というような内容を定款で定めておき、現社長の判断能力が欠如した場合でも、後継者が会社経営を円滑に遂行することができるよう準備しておく必要があります。
属人的株式は「株主」に着目した取扱いであるため、先代の経営者に付された特殊な権利内容は、先代の経営者のみに付されたものであり、株式に付されたものではありません。
つまり、属人的株式の権利内容について、後継者は当然に引き継ぐことはできないと解釈されています。
また、死亡の場合だけではなく、その株主が意思能力を喪失した場合も特別な権利が失効する旨を定款に定めておいた方がいいでしょう。
属人的株式を発行するには
定款の変更には特別決議(議決権の3分の2以上)が必要ですが、属人的株式は、株主の権利に重大な影響を及ぼすものと考えられるため(=「株主平等の原則」に反する)、属人的株式に関する定款の新設及び変更をする場合は、株主総会の「特殊決議」が必要とされます。
「特殊決議」には原則として、総株主の半数以上(頭数要件)、総株主の議決権の4分の3以上に当たる多数の決議が必要となります。
定款の変更には既存株主の反発も予想され、株主を増やしすぎないといった対策も必要になってきます。
なお、繰り返しになりますが、属人的株式の定めを置けるのは非公開会社に限定されますので、該当する会社が非公開会社かどうかを定款で確認しておく必要があります。
属人的株式の評価方法
税務上、相続等により取得した種類株式のうち無議決権株式、拒否権付株式の評価については、基本的に普通株式と同様に取り扱う旨が国税庁より公表されていますが、「属人的株式」を設定した場合の評価方法は明らかにされていません。
属人的株式は株式に付された権利内容ではなく、それが相続された際には再び普通株式となってしまうという性質をありますので、一般的には、普通株式と同様の取扱いとされます。
この「属人的な取扱い」は個別具体的な株主を特定する必要があるのか「代表取締役」といった定めで足りるかといった点を含め、具体的な定款への記載内容、方法に係る規定は会社法上、整備されていません。
このため、属人的株式の導入には慎重な検討が必要ですし、 会社の状況によっても、事業承継対策は変わってきます。相続税評価などの細かい内容もクリアする必要がありますので、相続に詳しいM&A専門家等に相談することが望ましいでしょう。
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