目次
営業権とは
M&Aの営業権は、将来の収益源となる無形資産を意味します。営業権は、のれんとほぼ同じ概念で用いられ、買収価格で時価純資産に上乗せする部分の価格になります。
一般に収益力が高い会社ほど営業権が高くつく(株価が高くなる)傾向があります。一方、業績が悪く(赤字)、買収価格が時価純資産よりも低い場合は、負の営業権となります。
■営業権と「のれん」の違い
営業権と「のれん」は日常的にほぼ同義として使われることが多いですが、厳密には使用される文脈によって意味合いが異なります。
【会計上の「のれん」】
会計上ののれんとは、買収価格(取得原価)が被買収企業の時価純資産を上回る場合の差額を指します。連結財務諸表では資産として計上され、日本基準では20年以内の定額償却が義務付けられています。一方、IFRS(国際財務報告基準)では規則的な償却を行わず、減損テストのみが求められます。
【税務上の「営業権」(資産調整勘定)】
税務上は「営業権」という概念が用いられます。事業譲渡の場面では、取得した営業権は「資産調整勘定」として5年間の均等償却が税務上認められています。株式譲渡の場合は「のれん」を直接取得するわけではないため、税務上の取り扱いが異なる点に注意が必要です。
【負の営業権・負のれんとは】
買収価格が被買収企業の時価純資産を下回る場合、差額は「負の営業権」または「負のれん」と呼ばれます。会計上は発生した期に一括して利益として認識されます。業績不振企業や後継者不在などの事情を抱える企業の売却において発生しやすく、買い手にとっては割安な取得を意味する一方、被買収企業の潜在的な問題リスクを内包している場合もあります。
【営業権の評価方法(年買法)】
中小M&Aの現場では、営業権の評価に「年買法」が広く用いられます。年買法とは、過去数年間の平均利益(または営業利益・経常利益)に一定の年数(3〜5年が目安)を乗じて営業権を算定する方法です。この年数は業種・業績の安定性・成長性などによって異なります。
のれんとブランド
「のれん」とは、広義のブランドを日本の伝統的用語で表現したものです。
ブランドの考え方は、日本の商売における「のれん」に近いものと言われています。
会社経営者や従業員は「のれん」の名の下に襟を正して、顧客に一定以上の品質やサービスなどを提供することになります。
これに対して、顧客は「のれん」により、他社の製品やサービスを探す手間や、試して失敗するリスクを回避するため、その信用料を含めた対価を会社に支払うことになります。
ブランドもこれと同じであり、提供する側(会社)と選択する側(消費者である顧客)を結び付ける役割を果たしています。
「ブランド・エクィティ(Brand Equity)」の大きな企業ほど「のれん代」が大きくなり、純資産と時価の差が大きくなります。
「ブランド・エクイティ」とは、マーケティングにおいてあるブランドが顧客、取引先、または社会全体に対して持つさまざまな無形の資産価値と定義されます。
ブランドそのものには目に見える形での価値はありませんが、販売される商品にブランドが付与されるため、その商品の価値が上がることによってブランドは企業にとっての資産価値となります。
「ブランド・エクイティ」が含む資産(負債)は、大きく5つあると言われます。
具体的には、「ブランドロイヤルティ(Brand royalty)」、「ブランド認知(Brand awareness)」、「知覚品質(Perceived quality)」、「ブランド連想(Brand associations)」、「他の所有権のあるブランド資産(Other proprietary brand assets)」の5つです。
(注)「ブランド・エクィティ戦略(Managing Brand Equity)」(1991年:デービッド・アーカー著)で5つの資産(負債)を定義
「ブランドロイヤルティ」とは、顧客が持つブランドへの忠誠心や執着心です。
「ブランド認知」はブランドがどの程度知られているか、「知覚品質」は知覚できる品質・優位性、「ブランド連想」は競合との差別化を表しています。
「他の所有権のあるブランド資産」は、ブランド以外の無形資産、例えば、特許、商標権、顧客との関係などを意味します。
なお、赤字(営業損失)の会社の場合、営業権はつきません。社歴〇〇年の老舗企業、あるいは自称△△△ブランドの商品などの要素は、経済的価値としての営業権としてはみなされません。その理由は、赤字の会社の場合、それらの要素が利益を生み出していないからです。換言すれば、「ブランド・エクィティ」がないため、業績が振るわず赤字になっていることになります。
ブランドの事例① :アパレルブランド「エルメス」
エルメスのロゴは、「「最高の品質の馬車を用意しますが、それを卸すのはお客様自身です」を意味しています。
エルメスが高価格である理由としては、以下のことが考えられます。
・職人によって手作りされている
・長い歴史によるブランド力がある
・耐久性がある
・アフターケアが万全である
・高品質な素材が使われている
・需要に供給が追い付いていない
| 年 | 社歴 |
|---|---|
| 1837 年 | ティエリ・エルメスが仏のパリで馬具工房を創業 |
| 1900 年代 | 移動手段が馬車から自動車へ転換 |
| 1903 年 | 女性用の財布やバッグの製造を開始 |
| 1927 年 | スカーフや小物制作を開始 |
| 1951 年 | 看板商品のカレ(スカーフ)が誕生 |
| 1956 年 | ケリーバッグが誕生 |
| 1984 年 | バーキンバッグが誕生 |
| 2023 年 4 月 | 日本国内で 38 店舗を展開 |
出所:各種資料より
ブランドの事例②:サントリーによるボルドーシャトーのM&A
1983年 日本企業初のボルドー格付けシャトーの買収
約40年前、1980年代のヨーロッパでは、日本企業は必ずしも好意的に受け入れられていませんでした。当時、日本企業がフランスの伝統的なボルドーのグランクリュ・シャトーを買収することは容易ではなく、フランス政府から案件の承認を得るにも時間を要しました。
買収時のシャトー・ラグランジュは、前オーナーがしっかりした経営をしていなかったため、畑も醸造施設も荒廃していました。サントリーが買収後に大幅な設備投資を行い、長い時間をかけて建て直しを図りました。
買収後のキーパーソンとなったのは、ボルドー大学で醸造学を学んだ、日本人醸造家の故鈴田健二さんでした。鈴田さんの温厚で実直な人柄に加えて、在学中に築いた地元の人脈がプラスに働き、現代ボルドーワインの父と言われるエミール・ペイノー博士、地元サンジュリアン村の名士でレオヴィル・ラス・カーズのオーナーであったドロン氏を顧問に迎えることができました。
シャトー・ラグランジュは、1855年のメドック格付け(注)で3級とされたポテンシャルのあるシャトーです。ブドウ栽培とワイン造りは長期的なプロジェクトであり、すぐに結果が出ません。ブドウの木は、苗木を植えてから3年ほどで果実をつけますが、本来の実力を出すには最低でも7年程度はかかると言われます。また、25年以上経たなければ、グランクリュのワインに相応しい味わいを出せないと言われています。
(注)1855年のパリ万国博覧会の際、皇帝ナポレオン3世は、世界中から集まる訪問客に向けて、フランスのボルドーワインの展示に格付けが必要であると考えました。格付け制定の依頼を受けた仲買人は、シャトーの評判や市場価格に基いて、ワインをランク付けしました。その結果が、1855年以来のボルドーワインの公式格付けとなりました。格付けはメドック産の赤ワインに対するものと、ソーテルヌとバルサックの甘口白ワイン(貴腐ワイン)に対するものがあります。この後、格付けは僅かな例外を除いて変更されていません。

(参考)M&Aにおける「のれん」の会計処理
X社は、A社を現金620,000千円で買収します。A社の貸借対照表および関連情報は、以下のとおりです。

関連情報:
売掛金の時価 150,000千円
棚卸資産の時価 450,000千円
備品の時価 220,000千円
負債の簿価は時価と等しい
この買収において生じる、会計上ののれんの金額は、以下のように計算することができます。
各資産の評価損は、以下のとおりです。
売掛金 150,000千円−200,000千円=△50,000千円
棚卸資産 450,000千円−50,000千円=△50,000千円
備品 220,000千円-400,000千=△180,000千円
よって、資産の評価損は、△280,000円となります。
純資産の簿価 1,100,000千円−300,000千円=800,000千円
純資産の時価 800,000千円−280,000千円=520,000千円
X社はA社を現金620,000千円で買収するので、会計上ののれんは、100,000千円(=620,000千円-520,000千円)となります。

<X社の会計処理>
個別財務諸表の場合
のれん(100,000千円)は計上せずに、子会社株式に含めます(取得原価に算入)。

連結財務諸表の場合
のれん(100,000千円)を資産計上します。

資産計上した「のれん」は、会計上、20年以内で定額法によって償却します。なお、償却期間は
投資回収期間によります。

以下の表では、会計上の「のれん」と税務上の「営業権」(資産調整勘定)の主な違いを項目ごとに整理しています。
| 項目 | 会計上の「のれん」 | 税務上の「営業権」(資産調整勘定) |
|---|---|---|
| 発生場面 | 株式取得・合併など | 事業譲渡 |
| 計上方法 | 連結貸借対照表に資産計上 | 個別申告上で資産計上 |
| 償却方法 | 20年以内の定額法(日本基準) | 5年間の均等償却 |
| 負の場合 | 負のれんとして利益計上 | 差額負債調整勘定として5年均等益金算入 |
| IFRSの扱い | 償却なし・減損テストのみ | 該当なし |
特に発生場面や償却期間が大きく異なるため、M&Aの手法(株式取得か事業譲渡か)によってどちらのルールが適用されるかを事前に確認しておくことが重要です。
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