『M&Aの流儀』~M&A交渉の落としどころ~第9話


第9話

『M&Aの流儀』

第8話では、M&Aで会社を売った後のことも考えたうえで、理想的な相手先を選ぶポイントについてお話しました。

第9話では、相手先との交渉における「落としどころ」についてお話します。

M&A専門家プロフィール 執筆者 中沢光昭

㈱リヴァイタライゼーション代表、企業再生をメインとした経営コンサルタント

経営者としても含めて破綻会社や業績低迷企業の再建・変革実績を多数持つ。また、高齢化に伴う第三者への事業承継の受け手として保有・運営

東京大学大学院工学系研究科修了

著書に『経営計画はなぜうまくいかないのか?』『会社員が一生モノの“実のある仕事”を創る方法(β版): 事業承継問題を抱える会社を個人で引き継ぐ』『事業承継による、中小企業を売却するときの基本の「き」: 最初で最後の会社の売却を、後悔なきものにするために』(Kindle)などがある。

Win-Winの条件に落とす

よほどの競争力がない限りは、小規模事業者においてはなかなか加熱する争奪戦のようにはなっていきません。

M&A仲介会社も初めは張り切って動くので「こんな会社が興味あるみたいです!」という連絡をよくくれますし、掲示板(M&Aボード)に出してみればたくさん連絡は来ます。

しかし事業の内容や財務状態を説明し、具体的な金額も見据えた交渉に入っていくまでには話している相手の数が細ってきます。

そうなると必然的に、買い手としてはなるべく安い価格で譲受けようとする一方で、売り手は初期の引き合いがたくさんある雰囲気(?)だった残像も残っていることもあって、引き続きなるべく高く売りたいと考えていますので、その差を埋めることに時間がかかっていきます。

まず相手に会いに行く

財務情報含めて諸々の情報を取りそろえると、M&A仲介会社が譲渡に関心のある会社を探して回ります。

当初は匿名で「こんな会社があります」といった概要ペーパーだけが出回りますが、その中で具体的に検討したいという会社が出てくると、名前も含めて具体的な情報開示の許可を求められます。

 この時点で許可を出した会社があった場合、まずは詳細情報資料を一式渡します。

次いで、その情報に基づいて追加の質問などが投げかけられてきます。

それに回答していくわけですが、著者としてはこの時点で先方に会うことを打診することをお勧めします。

 この時点で相手が意思決定者が出てこない場合、相手には実務担当者がいて、その人が対応することになるでしょう。

その場合には、今後の交渉を続けるか否かをいったん冷静に考えるべきだと思います。

そうしなければ節目節目の意思決定が時間を要するようになり、その一方で質問や詳細資料の要請などがかなり多くなります。

なぜならば買い手の実務担当者の頭の中は「本来はどうやって譲渡を受けていくべきか」ということと同等もしくはそれ以上に「意思決定者への説明責任を果たすための想定問答に耐えられるようにしておくこと」ということがあります。

つまり、必要以上に細かい質問が飛んできます。

著者は投資ファンドにいた時にはともすれば冗長になるこのやり取りを「シャドーボクシング」と揶揄していましたが、株の譲渡の取引に結果的には何も影響を及ぼさない、だけれども整えるのにはかなり手間がかかる情報を出さなければならない手間は、かなりのものになります。

 そもそも、こちらがトップが出てくるのに相手が意思決定者(大体においてトップ)が出てこない時点であまり高く評価されていないと捉えた方がいいのかもしれません。

条件の溝は段階的に埋めていく

そうした状況を実際に経験したり横で見ていたりすると、あまり一般的ではありませんが、段階的に譲渡を進めることが適している状況が多いのではないかと推測しています。

もちろん買い手が投資ファンドなど、スキーム上のガバナンスを最重要として意思決定する会社であれば、議決権比率がマイナーの状態を受け入れるのは少数派ですのでなかなか通用しません。

ただ、オーナー社長同士の事業会社同士であれば充分合意できるのではないかと思います。

どの段階で最終的な決定権がどちらにあるかは最初に明確にしておいて、後は足掛け数年かけて協議して合意するようにしておくことです。

いっそのこと、将来的に交渉する時点の株価は業績が上がろうが下がろうが譲渡単価は同じということにしておいても、話をまとめるという視点に立てば、場合によっては良いのかもしれません。

その後の業績が上がる下がるという、抱えるリスクはお互いさまです。

 

買い手にとっても日々の業務のオペレーションや取引先との関係を、引継ぎ段階において、中途半端にして逃げられないか不安になることはあると思います。

株価でもめるだけであれば、議決権を多く取ったり信頼関係が築けることで、カネの点では、後でいかようにでも取り返せる機会は巡ってきます。

逆に、信頼関係が構築できないと双方で感じた状況になった場合、議決権も取れていなければ、買い手にとってはやれることがほとんどなく、裏切られたように捉えます。

それを見据えて、関係をスムーズに解消できるよう、株の買い戻しについての(買い手があまり損しない)条件を付けておくのも、受け入れやすいのかもしれません。

 

つまるところ業界が狭ければ狭いほど信頼関係が業績に直結してきますので、それが事業とともに引き継げなければ買い手にとっても幸せな状態にならず、売り手にとっても次の買い手が見つかりにくいということにもつながってしまうので、双方のダメージになります。

ならば、時間をかけて信頼関係ができるのを見届けつつ、段階的に議決権を移していくということが有効な選択肢かと思います。

時間をかけて分かり合うスキームの、最大の敵は?

では色々と考えて、段階的な取得にしたいと思ったとします。

その時に、最初に反対するのはかなりの確率でM&A仲介会社となります。

なぜならばM&A仲介会社は譲渡成立時の取引金額に基づいた成功報酬のスキームで動いています。

単純に株を50%しか売らなかった場合の報酬は果たしていくらなのか?という議論が厄介ですし、その場合でも100%売った場合と同じですと契約で結んでいたとしても、後から「そんなの認識していなかった! 金融庁?経済産業省?消費者庁?と相談する」とか言われてももっと厄介です。

 また、M&A仲介会社は取引成立をたくさん繰り返さなければ儲からないので、中途半端に同じ会社に関わっていることは、儲けだけを見た時には望ましい状態ではありません。

同じ会社で50%を2回やるのであれば、ほとんど同じ労力であるために100%の取引の2社を1回ずつやった方が報酬が多く取れるからです。

 ですので、段階的な譲渡にしたいと言い出した途端に反対されるでしょう。

しかしそれはあなたの会社のために言っているのではなく、自分たちの利益のために言っていることです。

そこは毅然とした態度で理由を説明して押し切るか、もしくは、「将来的に全部売ることになった時には再度依頼して、報酬を少し積み増す」とか、100%成立した場合と同等の報酬を出すなどして折り合いをつけていくのかと思います。

根本的な企業の魅力を高めておく

改めて最後にオーソドックスなことはありますが、自分・自社に最大の交渉力を持つことということは、辞退するという選択肢を常に持っておくことです。

ですので、会社の業績だけではなく、個人の健康問題なども含めて、にっちもさっちもいかない状況になってからでは良い結果は生まれにくいです。

また、自社の特徴を明確にしておいて、業績を安定させておくことが根本的に重要です

いくら既得権益などを持っていたとしても、業績が不安定であれば、その権利の価値も落としてしまいます。

 

売却による事業承継は、「最大のキーマンがいなくなるので買受ける側もやりにくい」という、根本的な矛盾を抱えた取引です。

「うちの会社は儲かるんですよ! どうぞ高く買ってください!」と言っても、

「ではなぜいま手放すんだ? 何か隠してるのか?」と勘繰られたりもします。

対話による信頼関係の構築と、それを証明するスキームの双方揃って、初めて成り立ちます。

ポイントを押さえて、時間をかけて、早期からじっくりと取り組まれることをお勧めします。

中沢 光昭

2020年5月現在、業種の譲受けを検討しております。

譲受けを検討している業種はこちら  のページ末尾に記載しております。

著書に『経営計画はなぜうまくいかないのか?』『会社員が一生モノの“実のある仕事”を創る方法(β版): 事業承継問題を抱える会社を個人で引き継ぐ』『事業承継による、中小企業を売却するときの基本の「き」: 最初で最後の会社の売却を、後悔なきものにするために』(Kindle)などがある。

第9話

『M&Aの流儀』

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