M&Aによる事業承継型の創業


昨今、社会問題化している「事業承継」と、新たに事業をスタートする「創業」とをマッチングさせる動きが出てきています。

 

先日、神戸の後継者不在の創業者から起業を目指す大手企業会社員への事業譲渡が成立したと報じられました。中小企業の事業承継を促すため、神戸市が2018年度に始めた施策「100年経営支援」により、前経営者が70歳を前に事業継続に限界を感じ、支援事業を担当する市産業振興財団の「KOBEあとつぎサポートチーム」に、後継者探しを依頼しました。

 

起業を目指す後継者は同財団の後押しで、神戸信用金庫や日本政策金融公庫から計2千万円の資金を調達し、今年2月に事業を買い取り、新会社を4月に設立しました。事業承継による「創業者」の元大手企業社員が経営全般を担い、事業を譲渡した前経営者が取締役として開発を担当。技術を引き継ぐ社員の雇用を予定しているそうです。

 

優良中小企業の後継者不足が続く現状では、今後もこのような動きが出てくると思われ、今回はM&Aによる「事業承継型の創業における種類株の活用方法」について解説したいと思います。

M&A専門家プロフィール 執筆者 伊村 睦男 

 

近江大坂屋(天明4年・1784年創業)代表

神戸大学経営学部(証券市場論専攻)卒業。学生時代「東淀川ラグビースクール」を創設、三菱電機の学生ブレインとして活動した。

卒業後、三菱商事(株)水産部でサーモン事業の投融資に従事。業界では「天然アラスカサーモンを知る最後の商社マン」として知られ、ノルウェーやチリ産のサーモン寿司を日本に普及させた。その後、ベンチャー企業役員、米国・穀物メジャーのセールスマネージャー、世界最大のメディカル&セキュリティーアシスタンス会社のビジネスディベロップメントマネージャー、コミュニティビジネスNPO法人等に勤務後、経営コンサルタントとして独立。

コンサルタントとして20年間活動しており、中小企業対策関連制度を活用したM&A による事業承継や、一般企業のアグリビジネス進出、ベンチャー企業の支援、フードツーリズムによる地域活性化、マスコミ関係の社外ブレイン等を務める。国内外に幅広いネットワークを持ち、創業当初の楽天市場の出店者向けの講師を務めるなどネットビジネスにも精通しており、クライアントは大手企業から小規模事業者と多岐にわたる。社会貢献度の高いビジネスのサポートを得意としており、モットーは「cool head but warm heart」

経済産業省・認定支援機関、中小企業診断士、6次産業化プランナー、コミュニティビジネス・コーディネーター、関西SDGsプラットフォーム正会員

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株式会社とは?

「M&Aによる事業承継型の創業」は株式会社の事業承継を想定しています。まずは、「株式会社」とは何であるかを考えてみたいと思います。

 

世界初の「株式会社」は1602年の「オランダ東インド会社」だと言われています。大航海時代、ヨーロッパの列強国はスパイスを求めインド、アジアへ進出しました。しかしながら当時は航海技術も未熟だったことから成功率が約20%と低いものでした。

 

一回の航海にかかる必要経費は多額ですが、リターンも大きくハイリスクハイリターン型の魅力的な投資だったといえます。最初は一人のお金持ちがパトロンになり、全ての経費を負担していましたが、お金持ちの財布にも限界があります。

 

この問題を解決するために「必要経費」を「株式」に小口化して、多数の出資者を募る方法が編み出されました。これが「株式会社」のはじまりです。

今風に言うなら、冒険家=起業家、CEO(名誉欲、成功報酬)、船員=社員(給与もらう)、パトロン=株主(出資金額に応じた責任・リターン)となります。このように株式は大規模な事業での資本の調達を可能にする点に特質があるといえます。

以上から、明らかなように

 

株式会社は原則として「株主・出資者の所有物」です。

 

公共の利益や公序良俗に反しない限りという条件がつきますが、株主が会社のかたちや在り方、利益分配を決める「権利」と「責任」をもつ訳です。

 

また、そもそも「会社」というものは、資金提供者の「権利」と「義務」を法律によって定めた(明らかにした)もので、それだから「法人」と呼ばれるわけです。

 

「株式」会社は、価値観も目的も異なる多数の資金提供者が、お金を出し合って事業を行う際に、「会社」としての意思決定が円滑に行われるように、株主(=資金提供者)の権利と利益の分配方法、会社への関与の仕方を定めたものと言えます。

 

つまり、話し合って決められないから、「株式」を使って、多数決制や1株1票というシンプルで明快な意思決定する制度となっています。

 

ですので「事業承継」による「創業」をする場合にも、「株式会社」の「株式」を使って「会社の価値」を数値化し、「権利」「義務」関係を明らかにしたほうがスムースに行えると言えます。

事業承継とは?

「ヒト」「モノ」「カネ」「チエ」という「経営資源」を後継者に引き継ぐのが事業承継です。それぞれの視点から「経営資源」を後継者にどのように引き継ぐかが事業承継の大きなテーマです。

 

「経営資源の承継」は次の3つに分けることができます。

 

1.「モノ」「カネ」の後継者への承継(物的事業承継)

2.「ヒト」の後継者への承継(人的事業承継)

3.「チエ」の後継者への承継(知的事業承継)

 

「株式」を承継するのは1(物的事業承継)に相当しますが、「種類株式」を活用することで、前経営者から2(人的事業承継)と3(知的事業承継)もスムースに引き継ぐことが可能となります。冒頭にお話した神戸の事例では前経営者が開発担当の取締役として引き続き会社に残っています。

種類株式とは?

株式会社には「株主平等の原則」があります。これは各株主は保有する株式数に応じた平等な権利行使が認められており、普通株式は1株につき1つの議決権を持ち、配当や残余財産は「1株当たり○○円」という形で支払われる原則です。

 

ただし、2005年に制定された会社法第108条において、この「株主平等の原則」の例外として、9種類の事項について異なる定めをした複数の種類の株式(=種類株式)を発行することを認められるようになりました。

 

それでは、なぜ「種類株式」が生まれたのでしょう。種類株式が生まれた歴史的背景を振り返ってみれば答えは明確です。種類株式はアメリカで誕生しました。アメリカの銀行免許は「州」単位で許可され、州をまたぐ「州際業務」は禁止されていました。

 

産業革命が起こり大規模な設備投資が必要とされたことから、会社の「資金需要」が高まりましたが、銀行は州の中でしか営業できず、規模が小さいので旺盛な資金需要に応えるような多額の融資をすることは困難でした。そこで生み出されたのが株式を「多様化」して、「広く浅く」資金を調達する手段としての「種類株式」です。

 

例えば「議決権はいらないけれど「配当」は多く欲しい」というニーズに応えるため「優先株」が作られたという具合です(現在では80年代の規制緩和で状況が変わり「州際業務」が認可されただけでなく「銀行と証券の分離」も放棄されています)。

 

現在でも「種類株式」は広く使われており、「複数議決権付き株式」の発行が認められていることからGoogleの親会社のアルファベットやFacebookが「種類株式」発行会社として有名です(1株で複数の議決権があるため創業者は少ない保有株式で議決権を行使できます)。

 

また、シリコンバレーのスタートアップも種類株式を発行するのが普通となっています。種類株式の日本への導入は1990年代後半の金融危機(銀行の不良債権問題)がきっかけとなり、政府による「公的資金導入」の手段(形式「株式」、実質「債券」)やシャープへの公的資金導入にも「優先株」が使用されました。

 

現在、日本で発行できる「種類株式」は次の9つです。

 

1 配当優先(劣後)株式

(内容)

普通株式より優先(劣後)されて配当を受け取ることが出来る株式

(利用方法)

「議決権制限株式」組合せることで会社の経営に関心のない投資家から資金調達ができる

 

2 残余財産分配優先(劣後)株式

(内容)

会社が解散するときの残余普通株式よりも優先的(劣後的)に受け取ることが出来る株式

(利用方法)

投資家にとり、普通株式よりも有利に残余財産を受け取ることが出来るので、資金調達を行いやすい

 

3 議決権制限株式

(内容)

株主総会で議決権の行使が制限される株式

(利用方法)

議決権を制限する株式を発行することで財産権と経営権の分離ができる

 

 4 譲渡制限株式

(内容)

株主が株式を譲渡する時に、会社の承認が必要とされる株式

(利用方法)

譲渡制限をつけることで、会社の意図しないものが株主となることを防ぐ

 

5 取得請求権付株式

(内容)

株主が株式を会社に取得させる(買取らせる)権利がある株式

 

(利用方法)

取得請求権をつけることで、未上場会社であっても株主にとって換金性が高まり、資金調達を行いやすくなる

 

 6 取得条項付株式

(内容)

会社が株主から株式を取得できる権利が与えられた株式

(利用方法)

会社が株主から株式を取得できる権利があるので、株式の種類を転換できる(例えば配当優先株式を普通株式に転換する)

 

7 全部取得条項付株式

(内容)

会社がこの種類の株式について全ての株主から全株を取得できる権利が与えられた株式

(利用方法)

株主総会の特別決議(議決権の3分の2以上)により全株式の取得が可能なので、100%減資を行うことが出来る

 

8 拒否権付株式(黄金株)

(内容)

あらかじめ定められた事項について株主総会の議決の他に、この種類の株式の株主による「種類株主総会」の議決が必要とされる株式

(利用方法)

経営を後継者に譲った後でも、この株式を所有することで意思決定に関与できる

 

9 役員選解任件付株式

(内容)

取締役、または監査役を選任・解任できる権利が与えられた株式

※非公開会社で委員設置会社でないことが発行条件

(利用方法)

役員選任・解任の権利があるので意図した人を役員に選任しやすくなる

 

 実際の運用は単独の種類株式を発行するのではなく、この9つの「種類株式」を組合せ、会社の置かれている状況に応じて、経営者と株主双方にメリットがあるようにいろいろと設計・工夫します。

 

M&Aよる事業承継型の創業のメリット

通常、「創業」するためには、上述した「ヒト」「モノ」「カネ」「チエ」という経営資源を全て自分で調達する必要があります。また、事業をスタートし、継続していくためには仕入先、販売先、従業員、金融機関、地域社会といった「ステークホルダー」の存在も不可欠です。

よくM&Aは「時間を買う」とも言われますが、既存の「経営資源」と「ステークホルダー」を承継することにより、前経営者の築き上げてきた土台の上に、自分ならではの経営を積み重ねることで、起業リスクを極力抑え、スピード感があり、かつ安定した経営が行える可能性が高まるといえます。

スムースな事業承継の手段

よく知られている「種類株式」に「拒否権付種類株式」があります。株主総会又は取締役会で決議すべき事項について、株主総会決議のほかにその種類株主を構成員とする種類株主総会の決議を必要とする株式であり「黄金株」とも呼ばれています(あくまで拒否権を有しているのみであって提案権はありません)。

 

例えば、前経営者が後継者の経営能力をモニタリングし、属人的な「ヒト」「チエ」といった「経営資源」を後継者に引継ぐ期間に限定して「拒否権付種類株式」を保有し、後継者が決めた重要事項の拒否権を持つことで実質的な経営への関与が可能となります。

 

また、第三者への事業承継を選択した際、親族外の株主にすべて議決権を握られることに抵抗がある場合や、親族内への事業承継であっても、後継者が有望ではあるが経営能力は未知数という場合、一定期間は現経営者が拒否権付種類株式を保有することで経営を監視することができます。

 

「黄金株」を使い、前経営者と後継者の「引継ぎ期間」を設けるのも事業承継をスムースに行う一つの手法ともいえます。

「投資家」「オーナー」としての「事業承継」

「創業希望者」が後継者不在の中小企業の株式取得を行い「M&Aによる事業承継」を行うことには資金に限界があるのも事実です。

 

事業の規模が大きくなると買収資金が不足する事態も想定されます。この場合、例えば、比較的資金に余裕がある「オーナー」が数人で株式を購入し事業承継を行い、経営はオーナー陣の中から選任したり、他人に任せるという方法も考えられます(所有と経営の分離)。

 

働き方改革が叫ばれる中、「現役で働く」期間が長くなっていることもあり、定年後は自分でビジネスを行いたい、本業とは別に収入源が欲しいと言う方にも「事業承継による中小企業」への投資を検討してもいいかもしれません。ただし、複数オーナーの場合は特に、種類株式などを使い、持ち株で個々人の権利と義務関係は明確にするべきでしょう。

 

蛇足ながら「○○○万円でM&A」「数百万円のスモールM&A」などが一時流行りましたが、実際にそのような低い評価額の会社を買うのはリスクもあります。また会社の買って創業しようとする方も、財務諸表をあまり理解していなかったり、ビジネスの経験が不足しているケースも多々みられるようです。実際に投資する際にはビジネスプランを明確にし、自分の経営能力や経験を十分に考慮に入れる必要があると思われます。

種類株式を活用した事業承継のポイント

中小企業(株式会社)の社長・経営者は「大株主」であり「最高経営責任者(CEO)」です。この2つの側面があることから、M&A による事業承継型の創業にあたっては、現経営者の意思の尊重、満足感(精神的、経済的)が必要となります。

その手段として「種類株式」活用は有効な手段となりえるといえます。ただし、フル活用するには、制度的(法的、税制的)が未整備で制度としても新しく、事例少ないので専門家がいないこともあり、経験豊富なアドバイザー会社などにご相談されることをお勧めします。

 

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