M&Aにおける労働関係リスクの調査


M&Aのプロセスには、デューディリジェンス呼ばれる外部専門家によるリスク調査があります。

中小企業のM&Aにおける主な調査項目は、法務と財務です。

今回は、法務デューディリジェンスの中でも、重要な項目である「労務関係」について解説します。

M&A専門家プロフィール 執筆者  下西 祥平

 

広島駅前法律事務所

代表弁護士
宅地建物取引士
認定経営革新等支援機関
経営者保証ガイドラインアドバイザー

2009年司法試験合格。1年の司法修習を経て、2010年より大阪に本拠点を置く弁護士法人中央総合法律事務所に入所。主に上場企業・非上場企業の人事労務対応案件に従事し、紛争案件に加え、M&A案件における法務デューデリジェンスに多数関与する。また、国に内法務案件だけでなく、国際法務案件にも関与し、中国との取引や進出・撤退等の企業再編を扱う。2017年5月に広島駅徒歩1分に広島駅前法律事務所を開業。広島に本社を置く大会社、上場企業の中四国エリアの支店・営業所、そして中小企業まで、幅広くの企業において企業法務案件を中心に取り組んでいる。

M&Aにおける労働関係リスク調査の重要性

会社が数ある事業承継や経営成長の手法として、M&Aを選択する場合、何を考えるでしょうか。

当然ながら売り手側と買い手側で考えることは異なります。

売り手側は、高い値段で売却したい、事業を引き継いで従業員や取引先を守ってほしい、売却後も経営に関与したいなどの要望があるでしょう。

他方で、買い手側は、リスクを引き受けずに旨味だけを手にしたい、売却代金はなるべく安くしたい、不採算部門は切り離したい等の要望をもつでしょう。

 双方の売却ニーズが合致してM&Aによる経営統合が進むことになったとしても、売却代金を含む売却条件を決定するための前提となる売り手側の会社の状態を調査する必要があります。

この調査を「デューデリジェンス」と呼んでいます。

 今回はこのデューデリジェンスについて主として労働関係を中心に解説したいと思います。

労働条件において考慮しなければならないリスク

 

労働関係についてみると、売り手側としては従業員の雇用を守ってほしいという思いがあり、買い手側もキーマンとなる人には残ってもらいたいという思いがあるため、ある程度利害が一致することが多いといえます。

しかしながら、労働関係を承継するということはそこに含まれるリスクも引き受けることになります。

そのリスクを踏まえて売却の諸条件を決めるという流れになります。

 

 ではどのようなリスクが想定されるか。

 

一番に思い付くのは簿外債務、すなわち未払残業代を含む賃金未払いや退職金等の問題です。

さらに法令順守状況や規程の不備などにより将来において監督官庁から是正を求められるリスクも考えられます。

また、過去に従業員や労働組合との間で係争などがあり、将来においても同種の係争が生じるリスクが発生することも考えられます。

 

M&Aで押さえておきたい3つの労務リスクとは

その1 賃金の未払いや退職金

その2 法令順守や規程の不備

その3 従業員や労働組合との間での係争

 

 これらのリスクを調査した上で、以下を検討することとなります。

① そもそもM&Aを進めることができるのか否かを再考する

② M&Aの実行までに売り手側が是正する

③ 買収価格や買収条件に反映させる

④ リスクのないことを表明・保証する

⑤ M&A実施後に労働条件の変更や労使関係の運営の改革の方針を立てる準備をする

売り手側の協力なくして
デューデリジェンスは成り立たない

特に売り手側にとっては、M&Aにより企業売却を考えているのはトップシークレットであり、限られた人員にしか知らされていません。

また、M&Aにおける調査は極めて限られた時間の中で行わなければなりません。

売り手側は限られた時間と人員で調査に協力しなければならないことから、買い手側から大量の質問事項や資料提出を求められても応対できないという不満が発生することがあります。

また、法令上の問題点が発覚した時に、そのことについて質問や指摘を受けることは決して気持ちの良いものではありません。

 買い手側には、調査を受ける売り手側の立場に立った配慮が求められます。

売り手側が協力してくれなければ、適切なデューデリジェンスはできませんし、両者にしこりが残り、決裂することだってあり得ます。

もちろん、厳しい質問をしなければならない時もあります。

その時も、デューデリジェンスは、「両社が協力して新たな礎を築く以上、必要なことであり、両社にとっての利益を第1に考える」ことが目的であることを売り手側にも理解してもらう工夫が必要だと考えます。

売り手側に配慮した
労務デューデリジェンスのための工夫例

デューデリジェンスの基本的な流れは次のとおりです。

 ① 公開情報やFA(Financial Adviser)等が提供する企業情報の確認

 ② キックオフミーティング

 ③ 資料請求・開示された資料の確認

 ④ 質疑応答(インタビュー、書面によるQ&A、マネジメントインタビュー)

 ⑤ 中間報告・最終報告

 

 上記で売り手側の協力を得なければならないのが、③資料請求及び④質疑応答です。

売り手側への配慮としては、資料の提供を求める時にただ漫然と「~に関する資料」と抽象的に求めるのではなく、例えば資料提供リストを作って共有する、必要資料の優先度・重要度を付ける、資料が必要な年度を限定する、一覧表のみで可能とするなどの工夫が考えられます。

また、質疑応答においても、予めインタビュー事項を列記して共有しておく、YES/NOで回答できるように質問を工夫する、予め提出してもらった資料に記載されたことを重複して聞かない、確認が必要な事項はインタビュー後にメモで回答してもらう、議論をするのではなく、あくまで事実の聴き取りに徹するなどの工夫が必要となります。

労務デューデリジェンスによる売り手側の好影響

実は労務デューデリジェンスは売り手側にとって負担になるばかりではありません。

買い手側という第三者の目で自社の労働関係を調査することによって、売り手側の雇用規定や雇用環境、そして従業員の抱える問題を可視化することができます。

売却条件を決定する過程で、売り手側自身にて売却までに改善することができれば、会社自体の価値を高めることにもつながりますし、従業員のモチベーションアップにつながるという好循環が起こることもあります。

 また、買い手側の従業員との労働条件の調整によって、従業員の雇用条件が改善されることもあります。

 M&Aは、買い手側に安く従業員が買いたたかれるのではないかという不安があるかもしれませんが、売り手側の経営者や従業員が良い変化をもたらすチャンスに転じる可能性も大いにあります。

そのためにも、買い手側の調査結果を真摯に受け止め、売り手側としての希望を最大限実現できるように自社環境を整えることが必要だと思います。

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